産業革命はなぜ18世紀にイギリスで始まったのか(2)
【壁の手前で広がりプラットフォームを形成するネットワーク】[1][2][3][4][5]
大多数の停滞と倦怠、そして少数の活気のある点がまばらに発生しては消える。封建国家という制度を形成するに至り、その中であがきながら複数ネットワークを構築し、次の大爆発の時代を迎える準備を進めていた。封建制度、重商主義を基盤プラットフォームとし、交通ネットワークを商業ネットワークが、商業ネットワークが貨幣・信用取引経済ネットワークを支え、初期の情報ネットワークが各ネットワークをつなぎ、相互作用しながら拡大し、産業革命を支える開かれたネットワークプラットフォームを形成していった。
●封建制度が資本主義への下地をつくった
・農業から始まった人の集まりが、内外の相互作用と集散を繰り返しながら、部族、首長社会から国家へと巨大化し、限られた資産である土地や金銀にモノの価値を代替させる封建社会、重商主義を生み出した。
・人口を増やし、戦争により領土を広げる時代において、土地を分配する仕組みとしての封建制度は、社会的な平穏を支え、財産と社会的特権を保護し、世代を超えた大量の富の蓄積を可能とし、貨幣経済との連携により17世紀までのさまざまなネットワークのベースとなるプラットフォームを形成した。
・分配の基盤となる土地に限界が生じてもなお制度を維持するためには領土を広げる必要があった。各国は、報酬となる土地がないままに戦いつづけ疲弊し、次の時代にバトンを渡すときを待っていた。
●農民の低賃金スパイラルと中産階級の誕生
農業におけるさまざまな道具や農法との共進化の結果、1万年をかけて徐々に生産性を高め人口を増やしたが、農民の生活はいっこうに楽にならなかった。生産性があがると、人口が増え、人口が増えると土地一人当たりの賃金が下がり、生存率が下るという低賃金のスパイラルから抜け出せずにいた。
一方で、農民たちから搾取される余剰生産物は分業をうながし、貴族・大地主ではないが、さまざまな手段で富を蓄積する中産階級が経済活動になっていった。17世紀におけるイギリスでは、中産階級の増加が顕著であり、次の時代をつくる原動力となっていった。
●交通ネットワーク
アジアからヨーロッパまでの南北の交易を東西につなぐシルクロード。15世紀以降の大航海時代をささえた海の道。主要な交通路を軸に、都市と街を繋ぐ支線をひろげ、文化や商品、情報が大陸を縦横にかけめぐった。異なる思想や文化をもつ国々の技術に着想をえて発明・改良を繰り返すことにより、アジア・中東・ヨーロッパ各国の文化・技術は加速度的な進化をとげた。さらに、15世紀半ばから17世紀までの大航海時代を迎え、市場の巨大化、グローバル化に拍車がかかり、巨大な富を信用取引によって生み出すベースプラットフォームとしての役割を担うこととなった。イギリスとオランダとの間で繰り返し行われた海上での覇権争いは、18世紀の第四次英蘭戦争によりイギリスがトップに立つことで決着した。
●商業ネットワーク
商業ネットワークは、生産と消費をつなぎ、経済の原動力となり、刺激、活力、革新、発見、成長をうながし、階層・分業化を進めつつ商取引のネットワークを巨大化させていった。
1)農民など大多数を占める自給自足、それをつなぐ行商人のネットワーク
自給自足の生活をおくる農民は物々交換を基本としており、1万年を経てなお貧困で余剰資産を蓄えることが困難だった。わずかに発生した余剰資産を貨幣と交換し、税の支払いや「市」での買い出しにあてていた。
2)「市」を中心とする市場経済ネットワーク
町や都市における「市」を中心に、輸送、保管、牽引、各種商人、高利貸し、卸売りなど新たな階層化・分業を生み出し、「市」は生成、消滅、再生を繰り返しながら、市場経済ネットワークを広げていった。「市」は本来開放系であり、売手と買手の競争原理が働く、ある程度予測可能な経済ネットワークを形成し、市民の需要を満たし、都市を拡大し、そしてより大きな需要をつくりあげていった。イギリスにおける「高賃金化」は「国民市場」を活性化させた。
3)大市、取引所から広がった資本主義ネットワーク
資本家たちは大市や取引所に大量の資本を投入して、軍隊や大都市の巨大な食料需要を賄うことによって大きな利益を蓄積していった。大航海時代を迎え、グローバルな交易において、広範囲な情報や知識、債券操作の技術を駆使した、投機的な資本主義経済ネットワークを構築した。市場の独占権を得た資本家たちは、投資がさらなる収益を生む新たな市場、新たな仕組みを探し続け、産業革命を推進するパワーを蓄え続けた。
●貨幣・信用取引経済ネットワーク
異なる商品価値を仲介する必要から生み出された貨幣は、重商主義を経て交易で得た富を蓄積することにより世代を超えた大資本を生み出す手段として活躍し、交換を大規模化し、商人間の信用取引、海洋取引の保険、「オランダ東インド会社」に始まる株式会社への投資、アムステルダム銀行、イングランド銀行などの巨大銀行により貨幣の利子が膨大な富を生み出す仮想ネットワーク上での取引を加速させた。産業革命においては、生産性への投資が新たな利益を生む仕組みを構築することになる。
●情報通信ネットワークハブとしてのコーヒーハウス[6][7]
初期の情報メディアとして大きな役割をはたしたのが17世紀末のロンドンやオックスフォードに大量発生したコーヒーハウスだった。そこにはさまざまな人々が集まり、商売、政治、生活、ファッション、貿易、船舶、文学、ゴシップなどなどあらゆる情報が交換された。
ここで交わされた会話が、産業革命の進展とともに保険会社、株式会社、政党政治、新聞、広告、電信ネットワークなどへと発展してゆく。
●読み書き、計算能力の向上、科学革命
18世紀の産業革命をささえる数々の発明は、15世紀の活版印刷の発明に始まる。活版印刷は、書籍を安価に手に入れられるものとした。書籍の普及は、情報を流通し、市民の教育(文字の読み書き、計算、技能教育)を推進するきっかけとなり、中産階級の増加、徒弟制度などとの相互作用により開発・発明家を生み出す下地をつくった。
産業革命直前の17世紀に、ケプラー、ガリレオ、ニュートンなど科学革命とも呼ばれる科学の大きな変革があった。ひとつの発見・発明は続く発見・発明に連鎖する。たとえば、デカルトの機械論的思想(1637年)に始まり、ゲーリケの真空ポンプ(1650年)、ボイルの法則(1660年)、ホイヘンスの火薬を使った往復エンジン(1660年)そしてついには、鉱山での配水のためのニューコメンの蒸気機関(1710年)を生み出すに至り、以降数々の蒸気機関の発明が世界を変える。
【急激な環境変化が引き金となる】
●黒死病による人口減少
黒死病によりヨーロッパの人口の1/3を死に至らしめた。ヨーロッパの多くの地域では、15世紀までに人口は回復し始めていたが、イギリスでは16世紀半ばまで人口は極めて低い状態を維持したままだった。
【大爆発の噴火口イギリス】
●人口減少によるロンドンの活性化と高賃金化
黒死病後に生み出された穀物用地の空き地をもとに、広大で肥沃な牧草地へと転換し、健康で毛の長い羊=新種毛織物を生み出した。17世紀ロンドンは、新種毛織物の海外航路での輸出により活気づき、高賃金にわいた。農民たちは、黒死病で空き地となった空き地を集め農地を拡大し、濃奴からヨーマン(独立自営農民)へと転身するなど、高賃金化の波が農地へもおしよせた。
●中産階級(ブルジョワジー)の拡大と封建社会の崩壊、民主主義の成立
ロンドンの活性化は、貴族や大資本家たちと、雇われ農民を含む労働者たちとの中間で大小の富を蓄積する中産階級(ブルジョワジー)を増加させた。彼らは、市民革命の主体となり、イギリスの名誉革命により立憲民主主義を成立させる原動力となった。民主主義は、「自由な取引」を行う資本主義を成立させるための必要条件だった。
●安価な無機エネルギー(石炭)への移行
都市の急激な拡大は森林の急激な消費を促し、イギリスにおける木炭は高騰し15世紀には石炭価格の2倍となっていた。17世紀までにロンドンを中心とするエネルギー需要は激増し、急増する新築家屋では家庭で石炭を利用できるようになっていった。
豊富な石炭への転換は、炭鉱からの無尽蔵で安価な燃料を供給を可能とし、イギリスにおけるエネルギーを極めて安価なものとした。
[1] フェルナン・ブローデル(2009), "歴史入門" , 金塚貞文訳, 中央文庫
Fernand Braudel(1988), "LA DYNAMIQUE DU CAPITALISME", Flammarion
[2] フェルナン・ブローデル(1985), "交換のはたらき --物質文明・経済・資本主義15-18世紀", 村上光彦訳, みすず書房
Fernand Braudel(1979), "LA Civilisation matérielle, économie et capitalisme, XVe-XVIIIe siècle, Tome 2 : Les Jeux de L'écghange", Armand Colin
[3] フェルナン・ブローデル(1995), "世界時間 --物質文明・経済・資本主義15-18世紀Ⅲ", 村上光彦訳, みすず書房
Fernand Braudel(1979), "LA Civilisation matérielle, économie et capitalisme, XVe-XVIIIe siècle, Tome 3 :Le Temps du Monde", Armand Colin
[4] R.C.アレン(2017), "世界史のなかの産業革命 - 資源・人的資本・グローバル経済 - ",眞嶋史叙, 中野忠, 安元稔, 湯沢威訳 , 名古屋大学出版
Rovert C. Allen(2009), "The British Industrial Revolution in Global Perspective", Cambridge University Press
[5] グレゴリー・クラーク(2009), "10万年の世界経済史", 久保恵美子訳, 日経BP
Gregory Clark(2007), "A Farewell to ALMS", Princeton University Press
Johon H.Ratey Md(2001), "A User's Guide to the Brain", Vintage
[6] 宮崎正勝(1019), "ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史", 原書房
[7] 今井賢一, 金子郁容(1988), "ネットワーク組織論", 岩波書店