知的生産のための道具への道:記憶の拡張装置Memex(メメックス)

 1945年終戦の年、ENIAC完成の前年、計算に電子コンピュータを使うことすら確信のないとき、コンピュータを「思考のための道具」に導く衝撃的な論文が発表される。


●われわれが思考するごとく(As We May Think)[1]


 研究開発局の局長として、6千人以上のアメリカ人科学者の管理にあたっていたヴァネヴァー・ブッシュVannevar Bush)は、大戦という局面において重点化すべき課題を的確に見極め、それを革新する技術・技術者を見いだす。一方で、重要な成果が大量のもののあいだで埋もれてしまうことを憂慮し、アトランティック・マンスリー誌に「われわれが思考するごとく(As We May Think)」[2][3]を発表。その内容は、パーソナル・コンピュータ、Web、スマートホン、ビッグデータの時代に導く衝撃的なものだった。

 

【何が問題か】

 ・ヒトが記録を活用する現在の能力をはるかに超えて、出版物があふれ、経験の総量がとてつもない速度で増加し続けている。

 ・このため、専門分化の重要度が増し、異なる分野のあいだに橋をかけている余裕がない。

 ・にもかかわらず、迷路を通り抜けて必要な情報にたどりつくための手段は、帆船時代とかわらない。


【今ある技術を育てれば解決できる】

 1)情報収集

  ・音声認識で文字を入力、印刷物はOCRで文字に変換、ライフカメラを頭につけて自動撮影、研究者は手ぶらで移動しながら写真をとり、音声で注釈をつけ、夜に思いついたアイデアは遠隔で記録。

 2)保存

  ・記録と写真は圧縮して光学式や磁気記録で保存。

 3)検索

  ・指定した属性で情報を並び替えて抽出、連想にもとづくリンク検索も可能。

 4)読み出し

  ・記録した情報はディスプレイで表示、計算した結果にもとづき請求書を印刷。

 

【記憶(Memory)を拡張する装置:メメックスMemex)】

 ・今使える技術で実現可能な装置のイメージを提案。

 ・机にパーソナルなコンピュータ、ディスプレイ、キーボード、操作ボタンとレバー、スキャナ、マイクロフィルムによる記憶装置を備え、

 ・あらゆる種類の書籍、写真、雑誌、新聞を入手・記録し、手入力の文書、写真を記録、メモやコメントを上書きし、

 ・属性で情報を検索し、マルチウィンドウで表示、レバーとボタンで送り、巻き戻し、

 ・ドキュメント間をリンクでつなぎ、横断的に閲覧、検索経路を記録し、コピーを他者と共有できる。





●革新的な未来世界を読み解くフューチャー・リテラシー


 ブッシュの革新性は、情報と技術が飽和する未来を先取りしたメタ技術者として、他者の力を組み合わせて具体的なシナリオを構築するフューチャー・リテラシーにある。アメリカの技術中枢にいたブッシュは、今始まっている問題から未来の重点課題を設定し、あふれる技術論文の中から次の時代につながる技術の芽(電子コンピュータ、音声認識、音声合成、文字認識、記録・再生装置)を的確に選び、それらを編集してシナリオを構築し、技術者をスカウトしチームを編成して装置をくみ上げる。そうした営みの延長にこの論文がある。


 ブッシュのメッセージがわずかな技術者の手に届いたのは、ブッシュが憂慮した雑誌というメディアが広く普及した時代であったからだった。メインフレーム、スーパー・コンピュータなどの高額・高性能なマシン開発競争の裏側で、計算する機械をプラットフォームとする「知的生産性の道具」してのパーソナル・コンピュータ実現に向けたチャレンジが始まる


フューチャー・リテラシー:インデックス 

ヒトとコンピュータの共生


参考書籍:

[1] ハワード・ラインゴールド(2006), "新・思考のための道具 :知性を拡張するためのテクノロジー --その歴史と未来", 栗田昭平監修, 青木真美訳, パーソナルメディア

    - Howard Rheingole(2000), "Tools fot Thought revised edition :The History and Future of Mind-Expanding Technology", MIT Press

[2] 西垣通(1997), "思想としてのパソコン", NTT出版

[3] Vannevar Bush(1945), "As We May Think", The Atlantic

As We May Think - The Atlantic



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正確な計算を行う機械(2):エジソンの光がコンピュータとヒトの未来を灯す

 計算機の演算速度と精度の加速に連動して社会構造や道具の複雑度が加速し、相互作用の螺旋にのって近代社会が急激に変化する。


●真空管が電子機械の扉をあける


 エジソンの電球実験1883年)から生まれたフレミング二極真空管1904年)、次いで電子スイッチや増幅器(アンプ)のもととなるフォレスト三極真空管1906年)が電子機械の扉をあけた

 ・ホレリスパンチカード式集計装置(1890)IBMが受け継ぎ(1911年創業)データ処理入力の標準方式として広め、

 ・ベル研究所のが交換機のスイッチの延長でメモリの基礎となるフリップ・フロップを開発し、スティビッツ2進数をベースとする汎用演算の流れをつくり(1937)

 ・シャノンが、ブールが考案したブール代数論理スイッチ回路で演算できることを示し(1937年)、

 ・アメリカでテレビ放送が開始1941年)する。

 

● 黙殺された世界初のコンピュータ


 1942、高速レーダ、高速兵器、原子から宇宙に向かう物理学など、軍事利用から製造まで高速演算への需要が急激に高まるなか、ハーヴァード大、MIT、ベル研究所といった研究機関は、稼働部品を使ったアナログ計算機を開発していた。一方で、モークリーエッカートの真空管を使った電子式コンピュータの企画書は、ペンシルヴェニア大学で夢物語として理解を得られず黙殺され続ける。


 1943第二次世界大戦19391945年)においてドイツ軍に苦戦していたアメリカ軍は、量産される大砲用の弾道を計算するための無数の条件を組み込んだ射表づくりが間に合わず、モークリーらの企画を発掘、出資することとなる。基本的な発想は複数の計算機を繋ぎ合わせ、それぞれの出力を別の計算機に入力するというものだったが、すぐに焼き切れてしまう真空管を1万本以上も組み合わせる論理回路は実現不可能と考えられていた(当時のTVに使われていた真空管は30本しかない)。入力装置、出力装置、演算装置、記憶装置を複数のボックスに機能分散し、消化ホースのような太いケーブル束でつなぎ、制御装置からコントロールする。現代のコンピュータの要件を備える画期的なチャレンジが始まる。


 1946、モークリーとエッカートらのアイデアと、徹底したリスク管理、開発管理により障害を1歩ずつ着実に乗り越え、3年の歳月をかけた終戦の翌年、167平方メートルのスペースに重さ30トン、2.7メートルのキャビネット40個に約18千本の真空管という巨大な怪物、電子式コンピュータENIACを完成する。ENIACは、微分解析機で15分かかる弾道計算を30秒で終える画期的な性能を示す。


 これ以降、電子式コンピュータに確信を得た技術者たちは、さらなる高精度、高信頼性、高速な演算に向けて爆走する。やがて、コンピュータを構成するハードウェア、それを動かすオペレーションシステムはアプリケーションを動かすためのプラットフォームとなり、集中分散の波にのり、巨大データベースがマネーや物流、交通、国民を電子化し経済・生活を支える基盤となってゆく


参考書籍:

[1] スコット・マッカートニー(2001), "エニアック :世界最初のコンピュータ開発秘話", 日暮雅通訳, パーソナルメディア

[2] 松岡正剛監修(1996), "増補 情報の歴史 :象形文字から人工知能まで", NTT出版


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正確な計算を行う機械(1):歯車で稼働する苦難のオートマタ

 ヒトの営みが複雑化するに伴い、高速に、正しく演算することの需要 -- 数学・物理学・天文学などの科学演算、収穫を予測し、正しい航路を導き、商業を営む必要 --が、計算装置を生み出した。


●歯車で稼働する苦難のオートマタ


 農業によって巨大化した王国を統治する必要が、初期の計算装置を創らせる。納税を計算し、それを予測するための河川の測量、天体観測、また巨大建造物を建築するために小石や算木を並べ、計算結果を数表として使い、さらに算盤「アバカス(ソロバン)」が使われる。以降、長きにわたり計算器具と数表による演算の時代が続く。


 17世紀、大航海と重商主義のただ中で、デカルト、ニュートン、ライプニッツなどの哲学・数学者が互いに影響しあい、確実で不可分のアトムの数理による基盤となる論理を開拓していたころ。銀行や株式会社が発足するなど大量・複雑化する銀行、貿易、税の計算、そして航海のための精度の高い演算の需要に技術が追いつかず、歯車を使った機械式の計算器の開発は困難を極める。パスカルの加算マシン1642年)は減算が行えず製品販売に失敗し、記号による数理推論法を展開するライプニッツの段差式計算器1673年)は加減乗除ができたがコストが高く、19世紀にはいってようやく改良型の量産販売に成功する。


 19世紀、紡績機、蒸気機関などの革新技術と大量生産のいきおいに乗り鉄道を開通した産業革命の中心地イギリスで、バベッジは数表における計算と印刷の人為的なミスを正す計算エンジンの開発に取り組む。ディファレンス・エンジンは、モランドの桁上がり機構(1660年)やジャカールのパンチカード式紋織機(1833年)などをバックボーンに、パンチカードを入力とし、足し算だけの階差演算を使って多項式を解き、記憶装置にストアし、数表の印刷原板を出力するという画期的なマシンだったが、開発費が蒸気船17隻分の17000ポンド、開発期間が10年余りにおよび、経験のない巨大なシステム開発の渦に巻き込まれ未完となった。後に、バベッジの生誕200年のイベントとしてロンドンの科学博物館が、当時の技術で稼働するマシンを完成することとなる(1991年)。さらに、蒸気機関を動力として「プログラムに従って自動的に計算する機械」であるアナリティカル・エンジンを考案・設計したがこれも未完で終わっている。バベッジのスチームコンピュータが完成していればと考えるファンも多く[3]、「コンピュータの父」と呼ばれることもある。


 ライプニッツの段差式計算器をもとに改良が重ねられた手回しの機械式計算機は、電卓が普及するまでの長期間にわたり世界中で利用されることとなる。


参考書籍:

[1] スコット・マッカートニー(2001), "エニアック :世界最初のコンピュータ開発秘話", 日暮雅通訳, パーソナルメディア

[2] 新戸雅章(1996), "バベッジのコンピュータ", 筑摩書房

[3] ウィリアム・ギブスン, ブルース・スターリング (1991), "ディファレンス・エンジン", 黒丸尚訳, 早川書房



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年表(前1500年~2020年)

執筆記事の位置を横通しで確認できるように
西暦(世紀)と社会情勢、書籍、技術・分化・科学イベントを一覧しました。
今後の執筆で更新します。
インデックスから確認できるようにします。
年表(前1500年~2020年)

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研究は「文字」を書くことによってのみ成立する(3)活版印刷と近代的思考法の確立

 言葉は発せられてしまえば後になにも残らず、書きとめることができなければ、その内容について研究することはできない、活版印刷の発明が「書」をつくり近代的な思考法を確立してゆく。


活版印刷の発明と論理的な思考法


 1445年、イギリスでの活版印刷の発明が、「書く言葉」の影響を爆走させる。「印刷された言葉」は「手書きされた言葉」より読みやすく、一つの「印刷書籍」が多くの読者に読まれるようになる。16世紀イギリス人男性の25%程度だった識字率が、18世紀に60%、そして19世紀後半には90%に達する[3]


 デカルトの方法論序説1637年)を境に、近代的な論文的で要素還元的な思考方法が「書」に乗って広がる。「書」の様式はプラットフォームとして刻まれ、論理と科学の文法、思考言語の様式として定式化する。①中立で均質、客観的で論理的な視点②分断、分化、専門化、断片化③単一化、均質化、画一化を促し、断片を連続的につなぎ合わせ、単一平面上の線形事象としてコード化し、「原因」と「結果」の連鎖と単線的な階層的秩序[4]をつくり、断片を論理により編集して全体を構成する。科学者や研究者だけでなく、多くの企業人たちの常識を書き換える。


●「印刷書籍」の商業化が近代化を進める


 商品として販売する「印刷書籍」は、「書」のあり方も変える。「印刷書籍」の書き手は、完成した商品として出版するまでに何度も推考を繰り返し、さらに編集者が、校正者が、何人もの人々が一つの製品にかかわり、修正を加えて出版される。「独自性」「創造性」が問われるようになり、「正確さ」や「正当性」が求められる。


 「印刷書籍」はさらに近代化をおしすすめる。産業革命の300年前に組み立てラインによる大量生産製品として広がり、識字と均質な教育を普及し、数量的正確さの追求、商業社会の規格製品化、市場や価格システムをつくり、機械化、大量生産へと導いてゆく。

参考書籍:
[1] M.マクルーハン(1986), "グーテンベルクの銀河系 :哲学人間の形成", 森常治訳, みすず書房
    - Marshall McLuhan(1962), "The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man", University of Toronto Press
[2]  M.マクルーハン(1987), "メディア論 :人間の拡張の諸相", 栗原裕, 河本仲聖訳, みすず書房
    - Marshall McLuhan(1964), "Understanding Media :The Extension of Man", McGraw-Hill Book Company
[3] グレゴリー・クラーク(2009), "10万年の世界経済史", 久保恵美子訳, 日経BP社
    - Gregory Clark(2007), "A Farewell to ALMS", Princeton University Press
[4]  ジェイ・デイヴィッド・ポルター(1996), "ライティング スペース :電子テキスト時代のエクリチュール ", 黒崎正男, 下野正俊, 井古田理訳, 産業図書
    - Jay Favid Bolter(), "Writing Spase - The Computer, Hypertext, and the History of Writing - ", Lawrence Erlbaum Associates, Inc.

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「書く言葉」で得たこと、失ったこと

 ヒトは「書く言葉」を発明したことにより、要素に分解して再構築する論理的な思考法=科学的な思考法を手に入れた。


●「声の言葉」の語り手と聞き手の思考


 「声の言葉」を操る語り手は、過去の常套句や慣用句、ことわざ、語りを用いるためにあらゆる知識を記憶する。さらに聴衆を惹きつけるアーティストとしての感性をもって、劇的な手法(抑揚・身振り・表情・言い回し)を効果的なタイミングで使い分ける技能を訓練し語りかける。


 「声の言葉」の聞き手は、周囲の環境、聴衆の雰囲気、劇的な音響や視覚的刺激を「視聴覚」からの「イメージ」、情動的な感情として受け取り、それに乗った「声の言葉」の「認識(意識)」と過去の演説の「経験」の「想起(意識)」のすべての相互作用を統合してひとつの全体として「暗唱」し、新たな「経験」として「記憶」する


●「書く言葉」の書き手と読み手の思考


 新しい「道具」が利用される時、五感と脳内の相互作用に乱れが生じる、これを補うためにホメオスタシス(恒常性)が働き、脳内のバランスを整える新たな相互作用のパターンを編み出す


 「書く言葉」の書き手は、周囲の環境、聴衆の雰囲気、劇的な効果のすべてを「言葉」として表現する必要があり、聴衆のいな沈黙の環境で「書」との孤独な対話を行う。自己の内なる「語る言葉」を、「論理的」な「思考(意識)」で等質な単位に分解し、その分解した部分を「編集」して全体として「書」に配置する。「書」に配置した「書く言葉」を客観的な読み手として読み返し「認識(意識)」し、「論理的」な「思考(意識)」により矛盾がないか、重複した記述がないかを吟味し、「再編集」して配置する。


 「書く言葉」の読み手は、語り手のいない沈黙の環境で、何ら音響装置もないままに「書」との孤独な対話を行う。「書」を黙読し静寂を聞き、「書」の「文字」のみを見て直接「認識(意識)」した後に、「論理的」な「思考(意識)」により意味を翻訳・理解するとともに、必要に応じて「感情」や「イメージ」に翻訳する。これらの理解、感情、イメージの相互作用を統合してひとつの全体として「認識(意識)」し、新たな「経験」として「記憶」する。視覚に翻訳された「経験」は、等質的な単位に分解し「再構成」でき、それらを編集して合理的に理解することができる。「書く言葉」に「暗唱」としての「記憶」をアウトソースすることにより、感情の一体化、記憶のための心的エネルギー消費を抑えることができる。


 「書く言葉」は、論理的で記述的な思考方法を我々の「脳」にきざむとともに、それと気づかないうちに、「声の言葉」の劇的な表現とともに、暗唱的な「記憶」能力美意識による「直感」、論理的に記述しがたいアーティストとしてのバランス感覚をも抑圧してゆく。


参考書籍:

[1] エリック・A・ハヴロク(1997), "プラトン序説", 村岡晋一訳, 新書館

    - Eric A.Havelock(1963), "PREFACE TO PLATO", Harard University Press

[2] M.マクルーハン(1986), "グーテンベルクの銀河系 :哲学人間の形成", 森常治訳, みすず書房

    - Marshall McLuhan(1962), "The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man", University of Toronto Press

[3] アントニオ・ダマシオ(2019), "進化の意外な順序", 高橋洋訳, 白揚社

  - Antonio Damasio(2018), "The Strange Order of Things: Life, Feeling, and the Making of Cultures", Pantheon


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研究は「文字」を書くことによってのみ成立する(1)「声の言葉」と「書く言葉」、哲学と数学の誕生

 「書く言葉」と「書」の登場は、劇の手法で言葉をあやつる「声の言葉」の記憶・思考法に大きな影響を与え論理的な思考法を徐々に生み出していくが、過渡期のそれは特殊な専門家があやつる異質なものでしかなかった。


●声の言葉と劇的表現


 「文字」が発明された後も「書記」たちは統治のための「言葉」を綴り、エリートに属さない民衆とそれに語りかけるものたちは「声の言葉」を使っていた。「声の言葉」は、聴衆を対象とし、周囲の環境に影響を受け、発するとすぐに消えてしまい、保存することができない。このため、「声の言葉」を記憶に残し、語りついでいくための工夫がこらされる。話し手と聞き手をつなぎとめておくために劇の手法を用い、韻律形式で、リズミカルに、表情と声の抑揚と身振りを使い、常套句と慣用句により理解を容易にし、冗長で多弁な言い回し、クライマックスに向かってすすむひとすじの長いプロットにより人々の記憶にきざみ経験を共有する。

 

●アルファベットと哲学・数学の誕生

  

 紀元前8世紀頃、ギリシアにおける母音を持つ表音文字=アルファベットの発明が、「書く言葉」の大きな分岐点となる24文字しか使わない母音を持つアルファベットは、それまで利用されていた表意文字や子音だけの表音文字に比べて「声の言葉」との対応をとりやすく、急速に識字の裾野を広げる。当初、アルファベットは、「声の言葉」を書き写し、記録して、再演するために使われる。やがて、「声の言葉」をより効果的に演出するために、「書かれた言葉」を加筆、修正するようになる。そして、語り手なしで、「書く言葉」だけで読むための「書」が密かに生まれ、浸透してゆく

 

 「書く言葉」の「書」のなかで語り手と聞き手は、外部の環境や、相手、集団から切り離されて孤立する。「書く言葉」で語りかけるために、外部の環境、抑揚・身振り・表情に代わる語彙・文法が、さらに理性的・批判的に訂正を繰り返し、その題材を項目に分け、反復を控え、曖昧な統一性のない記述を切り詰め、単一の表現に還元する論述的な記述手法が徐々に編み出される。

 

 紀元前64世紀の古代ギリシアはなお、「声の言葉」から「書く言葉」への移行の過渡期であり、民衆を魅了する社会操作術としての弁論術、そのための筆記が政治や教育の場で活躍していたが、それと相対して理性・論理を追求するピタゴラス(紀元前582年~496年)やプラトン(紀元前427年~347年)などによる本格的な数学や哲学、その教育機関が誕生する。

 

 「書く言葉」と「書」は、論述的な記述の変化とそれに伴う思考構造の変化が相互に影響しあいながら、近代的な思考法を、新たな哲学・数学・科学を、新たな発見と創造を生み出してゆく

 


参考書籍:

[1] ウォルター・J・オング(1991), "声の文化と文字の文化", 桜井直文, 林仁正寛, 糟谷啓介訳, 藤原書店

[2] エリック・A・ハヴロク(1997), "プラトン序説", 村岡晋一訳, 新書館



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道具との共進化への道(5):ヒトと道具が紡ぐメタ進化

 ヒトは知識・ノウハウを創造・改良して「道具」に写し、身体機能をアウトソースする。「道具」は継承され、子供から大人に成長するにつれて「道具」を通じて「知識・ノウハウ」を習得し、より良く使える遺伝子を持ったものが優位となる。そして、ヒトと「道具」は共進化していく。


●ヒトと道具が紡ぐメタ進化[1]


「石器」は「牙」をアウトソースする。

 死体の皮を切り裂き、固い骨から滋養に富んだ骨髄を手に入れ、地中からは炭水化物の豊富な芋を掘り、木の実を砕き、滋養に富んだ栄養を確保する。「石器」の利用は、犬歯を縮小し、脳を拡大し、手先の器用なもの、多彩な活用方法を生み出したものを優位にした。


「衣類」は「体毛」をアウトソースする。

 長距離走で獲物を追い詰める際の発汗のため「縮小した体毛」を補い、寒暖の変化に「服を着替える」ことにより臨機応変に対応できる。「衣類」の利用は、巨大化した「脳」を冷却するためさらに体毛を縮小し、太陽光の強弱に皮膚の色素で対応するものを優位にした。


「火」は「消化器」をアウトソースする[2]

 繊維質で筋がある肉を柔らかくし、芋や実の加熱調理により食べる量を増やし、栄養を吸収しやすくする。有毒な植物の毒を消し、寄生虫や菌を退治し、肉食動物を遠ざけ、極寒の季節に暖を提供する魔法まで備えている。「火」の利用は、犬歯と顎の筋肉と消化器を縮小し、毒や菌に対する抵抗力を弱め、吸収した豊富な栄養を使って周囲の環境変化にうまく対処できるよう「脳」を進化させたものを優位にした。さらに、火を保持する場所で共同体がひとつにまとまって食事をし、社会性を強化し、「コミュニケーション」能力を高めたものを優位にした。


「言葉」は「知性と論理」をアウトソースする[3]

 内外情報や「感情」、「愛情」、「創造と美意識」「知性と論理」「記憶」を統合・翻訳・編集・フィードバックし、対処を判断し、フィードバックするための手段を提供する。「言葉」は、「知性と論理」の思考様式を提供し、世代を超えて記憶し、大人から子供へ受け継がれ、また「言葉」を利用するものによって「再構築」し、他者とのコミュニケーションにより「改良」する。「言葉」の利用は、本能による瞬時の行動に割り込み遅延をもたらすが、舌、顎、喉頭、気道の利用をチューニングし、「知性と論理」により適当な行動を選択する、「感情」、「愛情」、「創造と美意識」「記憶」そして「知性と論理」をも「知性と論理」により適当にコントロールする「脳」を進化させたものを優位にした


 やがて「道具」は20万年前ホモ・サピエンスという器をつくった。6万年前にアフリカから世界各地に広がったその時、「道具」と「脳」の連鎖の爆発により想像力と創造力を開花したを「ヒトと道具の共進化は、互いに影響を及ぼし合いながら、驚異的な適応速度を獲得し、現代、そして未来につながるメタ進化の道を紡いでゆく


フューチャー・リテラシー:インデックス

考えるって、どういうこと?

「コミュニケーション」とともに進化する「言葉」


参考書籍:

[1] ジャレド・ダイアモンド(2015), "若い読者のための第三のチンパンジー :人間という動物の進化と未来", 秋山勝訳, 草思社

[2] リチャード・ランガム(2010), "火の賜物 :ヒトは料理で進化した", 依田卓巳訳, NTT出版株式会社

[3] アントニオ・ダマシオ(2019), "進化の意外な順序", 高橋洋訳, 白揚社


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社会と思考を激変させた「文字」(2)

 文字」は、統治者が再分配する作物を管理するための記号として創られ、やがて「声の言葉」をアウトソースする「道具」となり、自身を含むヒトとヒトの距離と時間を越えてつなぎ伝達する「広域情報ネットワーク・プラットフォーム」に転じてゆく


●広域情報ネットワーク・プラットフォーム「文字」が生み出したもの


 古代エジプトにおいて「文字」は王国運営の「道具」であると同時に、その上で様々なアプリケーションを動作させる広域ネットワーク・プラットフォームとして機能する[1]

 

【新たな職業】

 王国の運営にかかわる神官、中央/地方の役人、宮殿や神殿の建築家、医者は、「文字」によってのみ成立する職業だ。この他、王宮や神殿の壁面にヒエログリフ(神聖文字)を刻むためのデザイナー、彫刻家、画家が専門職として新たに生みだしていく。


【教育機関と教科の拡大】

 「文書」を媒介とする統治機構が整えられると、その維持のために「文字の読み書き」に熟達した多数の「書記」が必要となる。「書記」の能力向上は、王国の統治能力を向上する。「文字の読み書き」を訓練し、書記や神官や行政にかかわる役人たちを養成し、「書記」としての肩書きを確かなものとする機関として神殿内に「学校」が整備される。「学校」はやがて「文字」だけでなく、エリートとしての姿勢、作法、王宮や神殿の建築や測量にかかわる計算、管理・監督法にいたるさまざまな教育を行う機関となっていく。

 

【エリート階級の区画化】

 難解な「文字」の読み書きを学ぶためには、裕福な家庭に生まれ「学校」に通う必要がある。結果、「書記」という肩書きをもって仕事つくことができるのは1%のエリートに限られ、生産に従事する国民との間に極端な貧富の差を生んでいくという連鎖が始まる。また、エリートのなかでも、より優秀なものがより高い地位を獲得する序列が生まれ、遺産の継承によりさらに越えられない壁をつくる。神の言葉であるヒエログリフ(神聖文字)はさらに難解であり、それを扱える王や神官を神と等しい地位に高める。

 

【技術開発:算術、医術の誕生】

 川の氾濫規模・時期の予測、建築や測量、税の帳簿管理などの計算法、医術が発明され、「文字」によりそのレシピを継承し、学び、新たな技術を生み出すというサイクルが構築される。

 

【道具の発明】

 技術の発展は、「文字」をプラットフォームとするアプリケーション(道具)の発明を促す。

「暦」[2]

 1年を365日とする「太陽暦」は、シリウスとナイル川の氾濫の関係の観測から生まれる。シリウスがひときわ輝く周期が365日であり、ナイル川の氾濫を予測し、税の計画をたて、また神託を下すための「時」の基準を定式化。

・十進法

 帳簿の作成や記録。税の徴収や分配、その帳簿の作成や記録、川の測量や予測などの算術を筆算で行うため数字の扱いを定式化。

 

 部族が集まり小規模な王国となり徐々に拡大するにつれて、「職業」⇒「教育」⇒「エリート化」⇒「技術開発」⇒「道具の発明」というサイクルを回しながら、「文字」のネットワーク・プラットフォームを拡大し、王国を巨大化し、その運営を複雑化してゆくこととなる。


参考文献:

[1] ペネロペ・ウィルソン(2004), "聖なる文字ヒエログリフ", 森夏樹訳, 青土社

[2] 宮崎正勝(2002), "モノの世界史 --刻み込まれた人類の歩み", 原書房


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社会と思考を激変させた「文字」(1)

 農耕の始まりが作物の管理と防衛のための都市と支配者をつくり、支配者が作物を再配分するための伝達・記録の必要から「記号」としての「文字」を編み出した。


●伝達と記憶のアウトソースする「文字」


 狩猟採集民の社会では、「文字」は発達しなかった。小規模な部族を越える交流が少なく、採った食料は部族内で分配するという生活では、記録に残す必要性がなかったからだ。


 肥沃な三日月地帯、メキシコ、中国といった大河の周辺で定住して農耕を営むものたちの集落が巨大化し部族となり、首長が調停者となり作物を集め再配分するための「記号」として粘土製のトークンを利用し、やがて品物の絵を刻むだけとなり最初の「絵文字」が生まれた。紀元前4000年のメソポタミアではシュメールの「絵文字」が、ついで紀元前3000年には「楔形文字」が粘土板に筆記され、紀元前3300年のエジプトでは神との対話のためのヒエログリフ(神聖文字)が神殿の壁面に、王国運営のためのヒエラティック(神官文字)がパピルスに筆記された。


 食料の蓄積と略奪と防衛の歴史をへて部族が統合し軍隊をもつ王国へと巨大化していく過程において、「文字」を媒介とする統治機構が整えられ共進化を繰り返しながら、王国運営のためのコミュニケーション手段としての形を整える。「文字」は、交換、統治、管理といった抽象的な概念を表現する「情報」の「伝搬」と「保存」の必要から編み出され、「語彙」と「文法」を複雑化してゆく。


 【文字の機能】

  1)時を越えて伝達する

  2)距離を超えて伝達する

  3)「保存」して再利用する

 

 【文字の機能】の有用性・応用性から幅広い用途に伝搬し、王国運営に欠かすことのできない「道具」として浸透する。始めは、王の命令を伝え、儀式を行い、神の言葉を唱え、税収支の年度計画を行うために、そして建築、軍隊、行政官の管理・監督・運営・計算、さらには調査記録、レシート、遺言書、薬のレシピ、教科書、宗教文学、手紙など様々な用途に広がってゆく。


参考文献:

[1] - ジャレド・ダイアモンド(2000), "銃・病原菌・鉄",倉骨彰訳 , 草思社

    - Jared Diamond(1997), "GUNS, GERMS, AND STEEL: The Fates of Human Societies", W.W.Norton & Company.

[2] ペネロペ・ウィルソン(2004), "聖なる文字ヒエログリフ", 森夏樹訳, 青土社


tag : フューチャーリテラシ, 複雑系, メディア, ネット, 未来, ミクロ・マクロ・ネットワーク

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『フューチャー・リテラシー -- 過去・現在・未来、複雑系の未来を読み解く』
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