経済危機に適応する資本主義社会

 アダム・スミスに始まった資本主義の時代を、大雑把に概観してみる。資本主義の歴史は、それをコントロールしようとする国の政策と、失敗、失敗に対する処方箋の繰り返しとなる。

●資本主義のベースをつくった

 :アダム・スミス「富国論」


 産業革命直後、重商主義の処方箋として「国を富ませる」仕組みを提案したのが、アダム・スミス「富国論(1776年)」だ。資本主義経済の出発点であり、以降の政策・思想のベースとなる。

「富国論」の与えた影響:
 ・自由競争による資源の再配分を基本とする
  国が手をださず、自由に競争すれば結果的に資源が最適に配分される
 ・「見えざる手」
  市場=マーケットで、個々人が利益を求めて利己的に行動しても、見えざる手によって導かれ、結果として経済がうまくまわっていく(需要と供給が交わったところで決まる)
 ・分業によって生産性を高められる
 ・国は最低限の公共施策を行えばいい
  国防、公共施設の整備(道路、災害対策など)、司法行政
 
 例1:賃金について
  企業が利益を上げるためには賃金を徹底的に下げたいが、労働者はより高い賃金の会社を選ぶので、需要と供給の折り合うところで賃金は決まる。

 例2:産業擁護は競争力を失うだけ
  農作物輸入への高い関税、輸出を行う企業への補助金は競争力を失わせる

 これを全面的に信用して運用すると、企業の独占や、大小のバブルが弾けてひどい目にあうのだが、その反省の歴史が経済学と政策の歴史となる。が、概ね「富国論」という理想をベースに、国によるコントロールの比重を調整した結果が現代に至る。各国で同じ施策におちついくかというと、比重のかけかたも様々という状況だ。


●資本主義の問題点と社会主義国の台頭

 :マルクス「資本論」


 「富国論」出版から91年後、工業先進国(イギリス、ドイツ、アメリカ)が資本主義でしのぎを削り、大量生産による供給過剰で10年単位で恐慌が発生し、そのたびに失業者が街にあふれ、安い賃金で長時間勤務を強要する超ブラック企業が生き残るというスパイラルにおちいる。行き過ぎた資本主義がどのようになるのかを示したのが、マルクス「資本論(1867年)」だ。

「資本論」の示した予言:
 経済の仕組み
  - 沢山の労働者が並行して分業すると効率がよく、競争を生み、生産効率が良くなる
  - お金の価値が下がると商品価値があがる、インフレとデフレ
 ・企業の激しい競争により
  - 効率化を求めて大規模化し、企業の数が減って、市場を独占する
  - 生産性を上げるために機械化し、失業者が増える
  - そしてワーキングプアが増える
   - 社会によって強制されない限り、労働者の健康と寿命に配慮することはない
   - 低賃金となり、少数精鋭だけが働き、労働時間が増える
  - 格差社会を生む
 ・資本主義は崩壊し、民主主義を獲得する
  独占と労働条件の悪化により、労働者革命が起こり、資本家の財産が剥奪される。
  

 この後、マルクスに影響を受けたロシア革命(1917年)により資本家をうちたおしてソビエト連邦共和国が、それに続き東欧諸国、中華人民共和国(1949年)が社会主義国となる。資本主義が成熟した後の革命でなかったため、後の社会主義崩壊につながったとも考えられている。
 資本主義各国は社会主義国が次々にできたことに危機感をもち、自国の労働者が革命を起こすのを恐れて、労働者の待遇を見直す政策をとるようになる。労働者の権利を守る法律の仕組みをつくり、規制を整備して、恐慌が起きないように失業者が減るように工夫する。


経済不況を救う「処方箋」

 :ケインズ「一般理論」


 1929年、資本主義各国が企業の自由競争にまかせた結果、アメリカで株の大暴落が起こり、それをきっかけに金融機関がつぎつぎに潰れる世界恐慌が発生する。金融機関相互のお金の流れが止まり、世界中が失業者で溢れる。各国は高い関税で輸入を差し止めて自国を守ろうとして世界の経済が止まり、やがて第二次世界大戦(1939-1945年)につながっていく。
 不況・恐慌への「処方箋」として書かれたのがケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論(1867年)」だ。その提案は、(今では当たり前となっているが)当時の常識をくつがえすもの衝撃を与える。

「一般理論」の処方箋(ケインズ・ショック): 
 ・前提:働きたくても働けない失業者がいる
 ・国が公共事業を投資して雇用を生み出す
  - 道路整備などの公共事業で、雇用が生まれるようなしくみをつくることで経済が回るようになる
  - 政府に資金がなければ赤字国債を発行してでも公共事業投資を優先する。そして、景気が良くなったときに、税金で赤字を返却すればいい。
  - 消費したいという欲求が高まれば、公共事業投資した数倍の経済効果が生まれる
 ・累進課税
  - 貯蓄を減らすように、お金持ちからより多くの税金をとる
 ・金利を下げる
  - 金利を下げて企業の新たな投資を増やすと、企業が新たな事業を始めるので雇用が増える
 ・「流動性の罠」
 金利をどんどん下げてほとんどゼロという状態にしても、企業の投資が伸びず、景気が回復しない状態となる可能性がある
 バブル崩壊後の日本
 ⇒グローバル社会では、国内に投資をせずに、海外投資にお金が流出してしまう

 これ以降、「大きな政府」とよばれる景気刺激策がとられるようになる。景気が悪くなると、景気対策として政府が赤字国債を発行し、公共事業などで支出を増やして経済を活性化させ、金利を下げて企業の投資を活性化させる。そして、累進課税と社会福祉で低所得の人たちにお金を回し、消費を活性化する。この逆の「国は景気が悪くなっても市場にまかせる」という政策は、「小さな政府」と呼ばれる。

ちなみにアメリカの政党政策は次のように分かれる。
・共和党: 小さな政府より(レーガン、ブッシュなど)
・民主党: 大きな政府より(クリントン、オバマなど)

 アメリカは、1929年当時は共和党で景気対策に積極的ではなかったが、民主党のルーズベルト大統領に代わり、ニューディール政策(1933年~)により大規模な公共事業を展開する。以降、20世紀初頭の交通網、電力網、通信網などのインフラ整備が雇用と需要と供給を生み、グローバル経済における競争力をつけて、工業先進国を高度成長時代の波へと乗せる。

 ケインズの処方箋にも課題があり、それが歪みとなって蓄積されていく。

ケインズ理論の副作用:
 ・インフレ傾向になる
 ・財政赤字が増え続ける
  政治家は人気を維持したい、「打ち出の小槌」を手放せず財政支出を止められなくなる
 ・公共投資の効果がなくなる
  建設会社が増えすぎて、定常状態となり、公共事業に支出しても効果がなくなってくる


●スタグフレーションと新自由主義
 :フリードマン「資本主義と自由」


 1970年代、変動相場制(1973年)、第一次オイルショック(1973年)、各企業がオフショアを模索し始めて資本主義が徐々に変わろうとしているとき。スタグフレーション(景気が後退しているのに物価が上昇)に苦しむアメリカ、福祉が充実する一方で国力が衰退したイギリスなどを背景に、ケインズは間違っているという考え=新自由主義が広まった。その処方箋となったのがフリードマン「資本主義と自由(1962年)」だ。背景にはサッチャーが傾倒したハイエクがいる。

新自由主義の処方箋:
 ・政府は国民の自由を尊重しよう
 ・マネタリズム
  世界の中を流れるお金の量さえコントロールしていれば経済はうまくいく
 ・政府がやるべきことは、国防と司法行政だけ
  - それでもやるべきことがあれば、地方自治体に任せたほうがいい
 ・こんなものいらない
  - 累進課税、今の社会保障制度、公的年金、輸出入制限、最低賃金
  - 民間の郵政事業禁止、公営道路
  - 各種規制(銀行、産業、産出、通信・放送)
 など

 すべてを実施すると、マルクスの時代にもどってしまいそうないきおいだ。それでも経済の閉塞状態を打開しようとしている資本主義国にとって、新自由主義の影響は大きい。サッチャー(1879年~)・レーガン(1981年~)革命、日本では中曽根内閣のNTT/JT(1985年)、JR(1987年)民営化、バブル(1990年)をはさんで橋本内閣の金融制度改革(1996年~)、小泉内閣の郵政民営化(2007年)や派遣労働の自由化(2003年)など政治に大きな変革をもたらした。


●リーマンショックと派遣切り


 2008年、アメリカの住宅バブルの崩壊とともにおきたサブプライム住宅ローン破綻にはじまり、それをもとにした派生商品の不安が金融機関相互のお金の流れを止め、投資会社のリーマン・ブラザースが経営破綻し、「小さな政府」をかかげる共和党政権がそれを救済しなかったために、さらに金融不安が広がり、世界を大混乱に陥れたリーマンショック。日本では、アメリカに製品を売れなくなった製造業が大規模な派遣切りを行う。小泉政権の派遣自由化により大量に雇用された派遣労働者が、大量の失業者となった。

 1970年代以降構築され続けた、非現実的な仮定のもとで演算する経済学が破綻した瞬間だった。そして恐慌に対処できるケインズが再び見直される。アダム・スミスからはじまった資本主義が大恐慌の教訓からケインズの「大きな政府」を生み、その安定が新自由主義による「小さな政府」の大改革を、行き過ぎた改革が再び恐慌を発生させケインズが見直される。寄せては返す波のように経済と政治がゆれ動く。

 そして現代。インターネットとともにグローバル経済がひろがり低所得国に製造拠点をうつし、Google、Amazonなどの国際IT産業が巨大化して国を単位として経済・政策を考えることが難しい時代となった。製造部門を引き受ける中国やインドが台頭し、先進諸国の製造部門が空洞化して貧富の格差が広がり、資本主義が終焉が叫ばれマルクスが再び見直される。国家が仮想化し、経済がバーチャル化する、我々は今、そんな時代の岐路に立っている

フューチャー・リテラシー:インデックス
交通・通信インフラとグローバル交易の共進化(後編):産業革命~現代

参考書籍:
[1] 池上彰(2013), "やさしい経済学1 :しくみがわかる", 日本経済新聞出版社
[2] 池上彰(2013), "やさしい経済学2 :ニュースがわかる", 日本経済新聞出版社
[3] 池上彰(2014), "世界を変えた10冊の本", 文藝春秋
[4] 池上彰(2017), "池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」", 集英社
[5]  J・M・ケインズ原著(1867), 山形浩生要約・翻訳(2015), "要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論", ポット出版

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交通・通信インフラとグローバル交易の共進化(後編):産業革命~現代

  ヒトはモノと情報(知恵)を交換することにより分業する社会を形成する。ヒト、モノ、情報(知恵)の距離を短縮するインフラの発展とともに、社会構造は複雑化し、より高度な交換ネットワークを構築する。
前編:古代~産業革命以前
⇒後編:産業革命~現代

●世界規模の物流の高速化とグローバル交易

による消費と生産の分離


 フルトンが乗客を乗せた蒸気船の試運転に成功し(1807年)、スチーブンソンが蒸気機関車鉄道を開通(1825年)して以降、陸海の交通網が一変する。蒸気船が世界各地を結び、陸地を蒸気機関車が走り河川運河を蒸気船がつなぐことにより、大量・高速に運搬できる地球規模の物流が加速する。物流の加速は、国を超えるグローバル・ネットワークで生産地と消費地をつなげ、モノの生産を国を単位として分業可能とする
 グローバル交易の進展は、現地の生産が現地の消費に縛られなくなり各国の生産が分岐し、商品=企業=国を単位とする貿易競争の鐘を鳴らす。ある国が他の国よりも安く生産できれば優位となる、国を単位とする貿易競争により「得意なことして、それ以外は貿易する」という棲み分けによる分業が加速する。特に製造規模の拡大=大量生産、ノウハウや投資の積み重ねが生産性を高め、突出した収益を得られる製造業で先頭をきった国が他を圧倒するようになる。

工業先進国の所得拡大サイクル:
 1)工業先進国(イギリス、アメリカ、ドイツ)が工業の機械化を進める
 2)工業先進国の所得が大きく伸びる
 3)工業先進国の産業が工業都市に集積する
  ⇒生産効率を高め、コミュニケーションコストを削減し、情報(知恵)を交換する場がつくられ、モノの運搬が効率化され、生産品のコストが低下する。
 4)企業の規模が拡大し、より複雑な工程を取り入れやすくなる。

 都市への製造業の集約は、モノの流通を効率的にするだけでなく、情報(知恵)の交換を促進し新しいテクノロジーの誕生を促す。そのサイクルが工業先進国において都市へのヒトと企業の集約を促進し、巨大都市を形成していく。

 激しい国際競争が勝者と敗者に分け、同じ市場での企業の数を減じ、勝者は統合・吸収して規模を拡大し、生産効率が高くなり国際的な格差を広げていく


●通信インフラとプロセス分業


 蒸気機関をベースとして郵便事業が始まり(1840年/英)、電話が開通(1880年/米)すると国内(外)の情報(知恵)の移動距離がいっきに縮まり、プロセス毎に専門特化して生産効率を高める企業・組織間でのプロセス(設計、エンジニアリング、管理、品質管理、製造、物流など)分業が進む。
 Faxが国際規格とともに公衆回線を利用して広く利用されるようになると(1972年)、情報を扱う部門の業務スピードがいっきに加速し、時分割で複数のタスクを処理するようになる。

 1970年、国際競争による企業の統合と生産性の効率化によるコストカットを限界まですすめた工業先進国企業は、通信インフラを利用した製造部門の一部を労働力コストが安い国(中国、インドなど)への分業=オフショアを模索する
 商用インターネット(1989年、米)が情報(知恵)の循環を加速すると、調整コストが低下し、製造業のオフショアの波が大きく広がる。

オフショアによる新興国の所得拡大サイクル:
 1)労働力が安く、治安、工業先進国との距離、インフラ整備など有利な条件を持つ国(中国、インド、ポーランドなど)=新興国が、工業先進国のグローバル・バリューチェーンに組み込まれる。
 2)工業先進国からの情報(知恵)=ノウハウの移転により、新興国はしだいに低賃金・高技術へとシフトし、とりのこされた低賃金・低技術国はグローバル・バリューチェーンに参加できなくなり、格差が生まれる。
 3)新興国にノウハウが集まり、生産拠点を集中的に拡大する。
 4)急速に工業化した新興国の成長が加速する。
 5)工業先進国の生産部門が空洞化する。
 6)新興国の急成長に伴い、食料、資源の需要が高まり食料・原料輸出国が成長する。

 近年まで、国家の社会・経済・投資戦略は、そこに立地する企業を単位として計画・実行することができた。オフショアの拡大により、企業戦略は必ずしも国の利益を優先するとは限らず、国家戦略は断片化したプロセスを単位とするものへと複雑化していく


GDP推移

                                       各国の実質GDPの推移
 University of Groningen, Maddison Project Database 2020
(https://www.rug.nl/ggdc/historicaldevelopment/maddison/releases/maddison-project-database-2020?lang=en)

 交通・通信インフラの進化が、ヒト・モノ・情報(知恵)の交換を高速化し、作業を断片化、専門特化した分業ネットワークを構築する。分業ネットワークは、集落、国家、世界へと広がり、断片化したプロセスを動的に再編集する。ヒトの移動距離を短縮する次世代のインフラの進化は、ヒトの社会組織をより複雑に再編成してゆくこととなる




参考書籍:
[1] リチャード・ボールドウィン(2018), "世界経済 大いなる収斂 :ITがもたらす新次元のグローバリゼーション", 遠藤直美訳, 日本経済新聞出版社
[2] 宮崎正勝(2002), "モノの世界史 --刻み込まれた人類の歩み", 原書房
[3] デヴィッド・クリスチャン, シンシア・ストークス, ブラウン、クレイグ・ベンジャミン(2016), "ビッグヒストリー --われわれはどこから来て、どこへ行くのか--", 長沼毅日本語版監修, 石井克弥,竹田純子, 中川泉訳,  明石書店
[4] 松岡正剛監修, 編集工学研究所(1996), "増補 情報の歴史", NTT出版

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交通・通信インフラとグローバル交易の共進化(前編):古代~産業革命以前

 ヒトはモノと情報(知恵)を交換することにより分業する社会を形成する。ヒト、モノ、情報(知恵)の距離を短縮するインフラの発展とともに、社会構造は複雑化し、より高度な交換ネットワークを構築する。

前編:古代~産業革命以前

●都市を循環させる「道」、情報通信のための

「道」


 農耕を始めたことにより、都市を中心としてヒト・モノ・情報(知恵)が交流する社会が構築される。官僚、軍人、諸君、そして彼らの食料が都市に集まる。都市内部の通路が市民の生活を循環させ、都市周辺地域からは農作物、木材、鉱物や税を徴収するための「道」が都市に向けてのびる。より遠くから、より早く運搬するために家畜を使い車輪を開発し、道路網の拡張-輸送技術の改良というサイクルを繰り返して都市が巨大化していく
 都市は近隣の都市から襲われる驚異に備えるための軍隊を保持し、戦争により周囲の都市を併合する必要に迫られる。生き残りをかけた都市は、道路網により物資を集めるだけでなく、すばやく情報をえるための「道」をつくる。紀元前6世紀ペルシア帝国は、王の命令と周囲からの報告を伝える通信網として幹線道路「王の道」を整備した。土木工事により道を整え、馬を駅伝制によりすばやく移動させる最新の通信網だ。整備した「道」は都市周辺のヒト・モノの輸送も活性化する。そして、「道」を整え、ヒト・モノ・情報(知恵)の輸送技術を発展させた都市が周囲の都市を圧倒する

 ユーラシア大陸の河川沿いに分散していた古代の農耕都市は、やがて4つの巨大帝国(ローマ、パルティア、クシャーナ、漢)に統合される。帝国内ではさらに道路網の整備を進め、情報(知恵)を集めて治金や輸送の技術を開発し、統治の潤滑剤となる貨幣制度を広め、王と官僚のためにモノの流通を活発化していく。


●王が財宝を輸入するための交易路

:シルクロード


 中国、中東、ヨーロッパの巨大都市の間には、4000kmを越える広大な草原地帯に遊牧民の騎馬国家が広がり、遠距離交易を妨げていた。

 転換点となったのは、漢王朝の武帝(紀元前141年~紀元前87年)が派遣した調査部隊からの報告だった。ヨーロッパに向けて絹や鉄などを返礼品として輸出するだけで、貴重な金やガラス細工、美術品などの財宝が手に入というのだ。武帝は、財宝を手にいれるために、漢王朝とヨーロッパの間にある36の遊牧民都市国家と属国関係を結び、ラクダによるオアシスの移動経路=シルクロードをつなげる。途中経路のインドやアラビアで入手できる香辛料はヨーロッパに返礼品として贈り、遊牧民の所有する馬は漢王朝に送る。

 4000km以上の距離を数年がかりで移動する交易は危険を伴い、生活のための交易は割に合わず、王や大富豪、官僚たちが力を得るための宝物や贅沢品、原材料を手に入れるために交易が行われる。帝国をつなぐシルクロードによる疎なコミュニケーションは、徐々に文化、技術、宗教、そして病を伝搬していく。

 やがて「オアシスの道」は草原と海に広がり、アフリカ大陸、ヨーロッパ、アジアを結ぶ複数のルートに広っていく。

西暦100年ごろの陸海の交易ルート:
 ・オアシスの道(シルクロード、乾燥地帯に連なるオアシス都市を結ぶルート)
 ・草原の道(モンゴル高原から西へカザフ草原、アラル海、カスピ海を通って、黒海へ達するルート)
 ・海の道(紅海・アラビア海ルート、地中海・インド洋ルート)


●王権のためのグローバル交易と

ローカル・ネットワークに集約される国内産業


 1300年以降、東ヨーロッパから中東にひろがるオスマン帝国によりインド洋航路を閉ざされ、中規模の国家が激しい闘いを繰り返していたヨーロッパ諸国は大西洋へと目を向ける。

 1482年、ポルトガルは西アフリカ海岸に要塞を築き、マリ帝国(西アフリカ)との交易を掌握、金、象牙、胡椒、奴隷と織物、武器を交換、砂糖のプランテーションを展開して突出した力をつける。さらに、大西洋からインドに到達できると考える探検家=コロンブスに投資し、1490年にアメリカ大陸を発見。続く1498年にヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達、1522年にマゼラン隊が世界周航を達成したことをきっかけとしてヨーロッパは世界初のグローバルな交易ネットワークを構築する

 産業革命までのグローバル交易は、王権を維持し軍隊と土地を広げるために行われる。重商主義など、力のある国が輸出を輸入よりも多くするために高い関税により輸入制限をかけ、武力により不均衡貿易を強要するなど極端な貿易黒字を目指す

 この時期のグローバル交易は未熟だが、後のグローバリゼーションを支える経済的な土台を構築する。

経済的な土台の構築:
 ・帆船による遠洋交易、航海術、砂糖と奴隷の三角貿易
 ・イスラムの商習慣、数学、地図作成
 ・製鉄と鋼の生産技術、活版印刷、農業技術
 ・火薬などの中国の先進的なイノベーション
 ・銀行、金融、市場

 1700年にいたっても、海上の輸送は風力、陸の輸送は牛や馬で搬送に多くの時間がかかることから、生産と市場は強く消費と結びつけられ、都市とその周辺から形成されるローカル・ネットワークにヒト・モノ・情報(知恵)が集約される

フューチャー・リテラシー:インデックス

国家形成に向けた専門分業と集落間の生存競争
古代都市を循環させる貨幣情報ネットワーク
交通・通信インフラとグローバル交易(後編):産業革命~現代 

参考書籍:
[1] リチャード・ボールドウィン(2018), "世界経済 大いなる収斂 :ITがもたらす新次元のグローバリゼーション", 遠藤直美訳, 日本経済新聞出版社
[2] 宮崎正勝(2002), "モノの世界史 --刻み込まれた人類の歩み", 原書房
[3] デヴィッド・クリスチャン, シンシア・ストークス, ブラウン、クレイグ・ベンジャミン(2016), "ビッグヒストリー --われわれはどこから来て、どこへ行くのか--", 長沼毅日本語版監修, 石井克弥,竹田純子, 中川泉訳,  明石書店
[4] 松岡正剛監修, 編集工学研究所(1996), "増補 情報の歴史", NTT出版


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【閑話】パーソナル・アシスタントの一里塚: ナリッジナビゲータ

 1987年、Appleは当時のCEOジョン・スカリーが作成した著書をもとに、自社が目指すパーソナルコンピュータの未来を示すプロモーションビデオ「ナリッジナビゲータ(KnowledgeNavigator)」を公開した。筆者がこのビデオを観たのは、1992年ごろで、こんな時代が近づいているとワクワクしたのを覚えている。Appleが提供したHyperCardやMachintalk(音声合成)はその布石だったし、その後のiPadやSiriにつながる技術や製品を着実に実現してきた。




 開くとすぐに起動するノートサイズのパソコン、口パクする蝶ネクタイをつけたアシスタントが常駐し、音声認識で要望を聞き、流暢な音声合成で応答、音声とタッチパネルで操作する。ビデオ中で、大学教授のマイケル・ブラッドフォードが、友人のジル・ギルバート教授とアシスタントを介してコミュニケーションしている。


●「ナリッジナビゲータ」から抜粋


登場人物:
 教授: マイケル・ブラッドフォード教授
 KN: ナリッジナビゲータ・アシスタント
 ジル: ジル・ギルバート教授

教授:「前期からの講義ノートを見せてくれ」
教授:「まだ読んでいない最近の論文を出してくれ」
KN:「専門誌からですか?」

KN:多くの論文の中から、友人の論文をレコメンドして自動的に要約を読み上げる。

教授:「ジルに連絡してくれ」
KN:「連絡しましたが、ただいま席をはずしています」
  「先生から電話があったというメッセージは残しておきました」

教授:「フレゼン博士とかいった人が、5年ほど前、ジルの論文に反対していた論文を発表していたと思ったが」
KN:「~大学のフレミング博士です」と言って、該当する論文を紹介する。
その後、教授は論文中のデータ部分の表示を依頼

ブラジルの過去30年間の森林伐採率のマップ動画表示を依頼し、
ジルが、過去20年間のサハラ地域のシミュレーションを見せる。
教授が両方のデータをリンクして、その変化を同期して動画表示する。
さらに森林伐採量を年間10万エーカーに減らして影響を確認する。

KN:「先生のお話中にお母さんから「バースデーケーキを忘れずに』という電話がありました。」


●ナリッジナビゲータの前提となる技術


1)アシスタントとの対話による情報検索:①④

 アシスタントと対話しながら、情報を探し絞り込む。

 バックにある技術:
 ・連続する対話での情報絞込
 ・すでにアクセスした情報を把握
 ・曖昧検索
 ・情報の要約との情報マッチング

 スマートスピーカーには、まだこのレベルの絞り込みができる機能はない。有料アドオンでいいのでぜひ提供してもらいたいものだ。できれば音声で読み上げるのではなく、iPadやPCと連動して情報を表示もしてもらいたい。

2)情報のレコメンド:②

 いくつもある論文の中から、興味があるだろうものを自動的にレコメンドする。

 バックにある技術:
 過去に教授が読んだ論文を記憶して、同じジャンルの論文に絞り込み、以下の優先順でレコメンドする。
 ・過去に注目していた著者が書いた最近の論文をレコメンド
 ・過去に注目していた論文を読んでいる人達が最近注目した論文

3)データ表示とデータ比較:④⑤

 論文に記述されているグラフから元となるデータを得るのは難題だ。Webを自在にあやつる現代でも、論文は「紙」メディアに依存しているからだ。
 さらに、異なる場所で作成されたデータ群と、誰かが作成したシミュレーションを連結したり値を変えてみたりということは、技術的には難しくないにもかかわらずなかなか浸透しない。
 複数の学会が協力して、論文や公開情報のデータのフォーマットを統一する有用性に気づくことだけで実現できるはずだ。

 バックにある技術:
  ・データフォーマットの標準化 (特に論文、技術情報)
  ・ウェブなどでの標準フォーマット・データの連係表示機能

4)アシスタントを仲介するコミュニケーション:③⑥

 ヒトとヒトのコミュニケーションをアシスタントが仲介する方法は、2つ考えられる。

 バックにある技術:
 ・アシスタントどうしでのメッセージ交換
  ③でアシスタントは、ジルのアシスタントに向けて自動的に、「不在だったので電話をかけなおして欲しい」旨を伝言する。ヒトが伝言メッセージを残すコストを省略できる。

 ・第三者の音声を理解し、要約して伝える
  ⑥でアシスタントは、母親からの電話にバックグラウンドで応答、音声認識、要約を記憶し、教授の時間が空いたときに伝える。教授は、母親のメッセージを直接聞くことなく、アシスタントからの要約だけ聞くことができる。

  アシスタントによるコミュニケーションの仲介は、星新一の「肩の上の秘書」で登場する
 インコ・ アシスタントが秀逸だ[1]。時間の無駄遣いに本人たちが気づいていないのがオチだ。
  営業:「~社のものだ。電気グモを買え」
  営業インコ:(商品の丁寧な長い説明)
  顧客インコ:「自動式の孫の手を買え、と言っています」
  顧客:「いらないわ」
  顧客インコ:「すばらしい~、とてもそんな高級品をそなえるほどの余裕が、ございませんもの」

 論文の検索でもそうだが、ナリッジナビゲータ・アシスタントはしばしば先読みして行動し、バックグラウンドで音声応対もこなす。ヒトは、マルチタスクでジョブをこなすことはできないが、アシスタントがサポートしてくれれば、ある程度マルチタスクを扱えるようになるだろう

 SiriやAlexaは、まだパーソナル・アシスタントの入り口でしかない。今後はヒトの時間をいかに圧縮できるかが課題であり、「ナリッジナビゲータ」は今後もその一里塚を示し、向かうべき方向をナビゲートするだろう。

参考書籍:
[1] 星新一(1971), "ボッコちゃん", 新潮文庫

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プロフィール

佐藤基

Author:佐藤基
『フューチャー・リテラシー -- 過去・現在・未来、複雑系の未来を読み解く』
を執筆中。

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