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資本主義社会の誕生と行きづまり

<ポイント>資本主義社会の誕生から現代までを概観することにより,次の「革新的な変化」に向けたヒントを得る。わずか250年前,封建社会が下準備を終えたタイミングで崩壊しペストの流行が機械自動化に有利にはたらいて,イギリスを起点とする産業革命と資本主義が世界に広がる。交通・通信インフラの進化がヒト・モノ・情報(知恵)の交換を高速化して,国を超えて企業を断片化する分業ネットワークを構築する。アダム・スミスにはじまった資本主義経済は,不安定な仕組みをコントロールしようとする国の政策と処方を繰り返し,次の「革新的な変化」にバトンをわたすためのネットワーク・プラットフォームを構築する。


1.産業革命はなぜ18世紀にイギリスではじまったのか

上下水道や舗装道路など高度な技術を利用していた古代ローマが産業革命をおこさず,18世紀のイギリスでなぜ産業革命という急激な変化がおこったのか。

奴隷などの安価な労働力を有する国々(古代ローマや18世紀のヨーロッパ諸国)は機械による自動化という発想がなかった。一方,18世紀に世界の中心となったイギリスは「高賃金の労働者」と「低コストのエネルギー(石炭)」を保有していたため,蒸気機関などを使った機械による自動化のメリットがあり,後に産業革命と呼ばれる急激な発展をとげることとなる

●「革新的変化」モデルの視点

環境に適応すべくさまざまなネットワークを広げるうちに超えることのできない【巨大な壁】につきあたる。【巨大な壁】の内側でネットワークは集散,拡大,刈り込みを繰り返しながら,環境変化に適応するための【ネットワーク・プラットフォーム】を形成する。あるとき発生した【急激な変化】をきっかけとして,プラットフォームをベースにネットワークの形を変え,【突破口】をとらえていっきに【巨大な壁】をつきやぶり爆発的な速度で新たなネットワークを形成しはじめて革新的変化が爆発する。

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「革新的な変化」のモデル

【巨大な壁】,【ネットワー・プラットフォーム】,【急激な変化】,【突破口】という視点で「産業革命」をとらえなおす

●17世紀にたちはだかる【巨大な壁】

17世紀までのヒトは,その発展とともに集団の規模と居住区域を広げて国家を形成し,より肥沃な土地を手にいれるための陣取り合戦を繰り返していた。土地の分配を基盤とする封建社会にとっての【巨大な壁】は,居住し繁殖するために有利な土地に限りがあることだった

農業からはじまった人の集まりが,内外の相互作用と集散を繰り返しながら部族・首長社会から国家へと巨大化し,限られた資産である土地や金銀にモノの価値を代替させる封建社会と重商主義をうみだす

人口を増やし戦争により領土を広げる時代において土地を分配する仕組みとしての封建制度は,社会的な平穏をささえ,財産と社会的特権を保護し,世代を超えた大量の富の蓄積を可能とし,貨幣経済との連携によりさまざまなネットワーク・プラットフォームを形成する。

●【巨大な壁】の内側で広がる【ネットワーク・プラットフォーム】

〇大陸をつなぐ交通ネットワーク
アジアからヨーロッパまでの南北の交易を東西につなぐシルクロード。15世紀以降の大航海時代をささえた海の道。主要な交通路を軸に都市と街をつなぐ支線を広げ,文化や商品,情報が大陸を縦横にかけめぐる。

異なる思想や文化をもつ国々の技術に着想を得て発明・改良を繰り返すことにより,アジア・中東・ヨーロッパ各国の文化・技術は加速度的な進化をとげる。

15世紀半ばから17世紀までの大航海時代をむかえ,市場の巨大化とグローバル化に拍車がかかり,交通ネットワークは巨大な富を信用取引によってうみだすプラットフォームとしての役割をになうこととなる

そして18世紀,イギリスとオランダとのあいだで繰り返し行われた海上での覇権争いが,第四次英蘭戦争によりイギリスがトップにたつことで決着する。

〇商業ネットワークをささえる階層・分業化
商業ネットワークは,生産と消費をつなぎ,経済の原動力となり,刺激,活力,革新,発見,成長をうながして階層・分業化をすすめつつ商取引のネットワークを巨大化させていく。

1)大多数を占める自給自足,それをつなぐ行商人のネットワーク
自給自足の生活をおくる農民は物々交換を基本としており,1万年をへてなお貧困で余剰資産を蓄えることが困難だった。わずかに発生した余剰資産を貨幣と交換し,税の支払いや「市」での買いだしにあてる。

2)「市」を中心とする市場経済ネットワーク
町や都市における「市」を中心に,輸送,保管,けん引,各種商人,高利貸し,卸売りなど新たな階層・分業をうみだし,「市」は生成,消滅,再生を繰り返しながら市場経済ネットワークを広げていく

「市」は売手と買手の競争原理がはたらく経済ネットワークを形成し,市民の需要を満たし,都市を拡大し,より大きな需要をつくりあげていく。そして,イギリスにおける「高賃金化」が「国民市場」を活性化させる。

3)「大市」,取引所から広がった資本主義ネットワーク
資本家たちは大市や取引所に大量の資本を投入して,軍隊や大都市の巨大な食料需要を賄うことによって大きな利益を蓄積していく。

大航海時代のグローバル交易が,広範囲な情報や知識,債券操作の技術を駆使した投機的な資本主義経済ネットワークを構築する。市場の独占権を得た資本家たちは,投資がさらなる収益をうむ新たな市場,新たな仕組みを探し続け,産業革命を推進するパワーを蓄え続ける。新たな投資先の不在が,資本家たちにとっての【巨大な壁】となる

〇膨大な利益をうむ錬金術,情報貨幣ネットワーク
異なる商品価値を仲介する必要からうみだされた貨幣は,重商主義をへて交換を大規模化し,交易で得た富を蓄積することにより世代を超えた大資本をうみだす手段として活躍する。

商人間のリスク回避のための信用取引が,海洋取引の保険が,「オランダ東インド会社」にはじまる株式会社への投資が,アムステルダム銀行,イングランド銀行などの巨大銀行の利子が膨大な富をうみだす情報貨幣ネットワーク上での取引を加速する

やがて産業革命後の世界に,生産性への投資が新たな利益をうむ仕組みもたらすこととなる。

〇書籍による読み書き,計算能力の向上,科学革命
18世紀の産業革命をささえる数々の発明は,15世紀の活版印刷の発明にはじまる。書籍の普及は,情報を流通し,市民の教育(文字の読み書き,計算,技能教育)を推進するきっかけとなり,中産階級の増加,徒弟制度などとの相互作用により開発・発明家をうみだす下地をつくる。

産業革命直前の17世紀に,ケプラー,ガリレオ,ニュートンなど科学革命とも呼ばれる科学の大きな変革があった。ひとつの発見・発明は続く発見・発明に連鎖する。デカルトの機械論的思想(1637年)にはじまり,ゲーリケの真空ポンプ(1650年),ボイルの法則(1660年),ホイヘンスの火薬を使った往復エンジン(1660年)そしてついに鉱山での配水のためのニューコメンの蒸気機関(1710年)をうみだすにいたり,以降数々の蒸気機関の発明が世界を変える。

〇情報通信ネットワークハブとしてのコーヒーハウス
初期の情報メディアとして大きな役割をはたしたのが17世紀末のロンドンやオックスフォードに大量発生したコーヒーハウスだ
。さまざまな人々が集まり,オーナーの「好み」により商売,政治,生活,ファッション,貿易,船舶,文学,ゴシップなどなどあらゆる情報が集められて交換される。

コーヒーハウスでかわされた会話をメンバーが編集して活用し,産業革命の進展とともに保険会社,株式会社,政党政治,新聞,広告,電信ネットワークなどへと発展してゆく。

〇統合ネットワーク・プラットフォームの構築
分配の基盤となる土地に限界が生じてもなお,封建制度を維持するためには領土を広げる必要があった。各国は,報酬となる土地がないままに戦い続け疲弊しつつ,ネットワーク・プラットフォームを広げ,次の時代にバトンをわたすときをまつ。

領土の限界という【巨大な壁】の内側であがきながら,封建制度,重商主義を基盤として
 交通ネットワークが商業ネットワークをささえ,
  商業ネットワークが情報貨幣ネットワークをささえ,
   初期の情報ネットワークが他のネットワークをつなぐ。

ネットワークどうしが相互作用しながら拡大して,産業革命をささえるネットワーク・プラットフォームを準備する

●産業革命の引き金となる黒死病,突破口となるイギリス

〇黒死病による人口減少
黒死病の蔓延はヨーロッパ人口の1/3を死に至らしめる。ヨーロッパの多くの地域では15世紀までに人口を回復しはじめていたが,イギリスでは16世紀半ばまできわめて低い状態を維持し続ける

〇人口減少によるロンドンの活性化と高賃金化
黒死病後にうみだされたイギリスの穀物用地の空き地をもとに,広大で肥沃な牧草地へと転換し,健康で毛の長い羊=新種毛織物をうみだす。17世紀ロンドンは,新種毛織物の海外航路での輸出により活気づき,高賃金にわく

黒死病で広がる空き地を集め農地を拡大し濃奴からヨーマン(独立自営農民)へと転身するなど,高賃金化の波が農地へもおしよせる。

〇中産階級(ブルジョワジー)の拡大と封建社会の崩壊
ロンドンの活性化が,貴族や大資本家たちと雇われ農民を含む労働者たちとの中間で大小の富を蓄積する中産階級(ブルジョワジー)を増加させる。彼らが主体となって,イギリスの名誉革命をおこして立憲民主主義を成立させる原動力となり,民主主義が「自由な取引」をおこなう資本主義をけん引する

〇安価なエネルギー:石炭への移行
都市の急激な拡大は森林の急激な消費をうながし,イギリスにおける木炭が高騰して15世紀には石炭価格の2倍となる。17世紀までにロンドンを中心とするエネルギー需要が激増し,急増する新築家屋における一般家庭のエネルギー源を石炭に転換していく。豊富な石炭への転換は,炭鉱からの無尽蔵で安価な燃料の供給を可能とし,イギリスにおけるエネルギーを極めて安価なものとする

●すべてが18世紀のイギリスに集約して爆発する

ペストという【急激な変化】【巨大な壁】をつきやぶるきっかけとなる。ペストからの復旧の遅れがイギリスの高賃金と石炭の低コスト化をうみ,それに続く自動機械の発明と導入のメリットを高め,自動機械による大量生産が資本家たちの新たな投資先となり,そして海上の覇権争いを制したイギリスが突破口】となってそれまでに構築したネットワーク・プラットフォームを統合して「産業革命」を世界に広げていく

「産業革命」後の主な変化:
1)機械化による工業自動化
 大量生産と資本主義経済➡資本の集中・格差拡大
2)価値が金からマネーへ
 情報金融商品の活性化➡物理的なマネーの仮想化➡繰り返す金融恐慌
3)世界規模の交通ネットワーク
 陸海・運河交通ネットワーク ➡飛行機による航空交通ネットワーク
4)グローバル資本主義
5)中央集権トップダウン型の会社組織
6)論理偏重思考の拡大

2.交通・通信インフラの発展とプロセス分業

産業革命以降,陸海の交通ネットワークが一変する。蒸気船が世界各地を結び,陸地を蒸気機関車が走り河川運河を蒸気船がつなぐことにより,大量・高速に運搬できる地球規模の物流と分業が加速する。

●物流の加速とグローバル交易による消費と生産の分離

物流の加速が国を超えるグローバル・ネットワークで生産地と消費地をつなげ,モノの生産を国単位で分業可能とする

生産が現地の消費に縛られないため,ある国が他の国よりも安く生産できれば優位となる。国を単位とする貿易競争により「得意なことのみをして,それ以外は貿易する」という棲み分けによる分業が加速する。特に製造規模の拡大=大量生産とノウハウや投資の積み重ねが生産性を高め,突出した収益を得られる製造業で先頭をきる国が他を圧倒するようになる。

工業先進国の所得拡大サイクル: ①~④の繰り返し
①工業先進国が工業の機械化をすすめる
②工業先進国の所得が大きくのびる
③工業先進国の産業が工業都市に集積する

 ➡生産効率を高め,モノの運搬が効率化され,
  ➡生産品のコストが低下する
 ➡コミュニケーションコストを削減し,
  ➡情報(知恵)を交換する場がつくられ,
   ➡新しいテクノロジーの誕生をうながす
 ➡都市へのヒトと企業の集約を促進し,巨大都市を形成していく
④企業の規模が拡大しより複雑な工程を取りいれやすくなる

激しい国際競争が勝者と敗者に分け,おなじ市場での企業の数を減じ,勝者が統合・吸収して規模を拡大して生産効率が高くなり国際的な格差を広げていく

●通信インフラとプロセス分業

蒸気機関をベースとする郵便事業がはじまり(1840年/英),電話が開通(1880年/米)すると国内(外)の情報(知恵)の移動距離がいっきに縮まる。そしてプロセスごとに専門特化して生産効率を高め,企業・組織間でのプロセス(設計,エンジニアリング,管理,品質管理,製造,物流など)分業がすすむ

1972年,Faxが国際規格とともに公衆回線を利用して広く利用されるようになると,情報を扱う部門の業務スピードがいっきに加速して時分割で複数のタスクを処理するようになる

1970年代,国際競争による企業の統合と生産性の効率化によるコストカットを限界まですすめた工業先進国企業は,通信インフラを利用した製造部門の一部を労働力コストが安い国(中国,インドなど)への分業=オフショアを模索する

1989年,商用インターネット(米)が情報(知恵)の循環を加速すると,調整コストが低下して製造業にオフショアの波が大きく広がる

オフショアによる新興国の所得拡大サイクル: ①~⑥の繰り返し
①新興国が工業先進国のグローバル・バリューチェーンに組み込まれる
 労働力が安く,治安,工業先進国との距離,インフラ整備など有利な条件をもつ国(中国,インド,ポーランドなど)が新興国となる
②国を単位とする格差がうまれる
 工業先進国からの情報(知恵)=ノウハウの移転により新興国はしだいに低賃金・高技術へとシフトし,とりのこされた低賃金・低技術国はグローバル・バリューチェーンに参加できなくなる
③新興国にノウハウが集まり生産拠点を集中的に拡大する
④急速に工業化した新興国の成長が加速する
⑤工業先進国の生産部門が空洞化する
⑥食料・原料輸出国が成長する

 新興国の急成長にともない,食料,資源の需要が高まる

近年までの国家の社会・経済・投資戦略は,そこに立地する企業を単位として計画・実行することができた。オフショアの拡大により企業戦略は必ずしも国の利益を優先するとは限らず,業務プロセスが分断・断片化して従業員が世界に散逸・分業して再編集され,国家戦略は断片化したプロセスを単位とするものへと複雑化していく。

交通・通信インフラの進化がヒト・モノ・情報(知恵)の交換を高速化して,作業を断片化,専門特化した分業ネットワークを構築する。分業ネットワークは,集落,国家,世界の空間と時間へと広がり,断片化したプロセスと労働を動的に再構築する。


ヒトの移動距離を短縮する次世代のインフラの進化は,ヒトの社会組織をより複雑な断片化・分業と再編集へと導いてゆく。


3.経済危機に適応変化し続ける資本主義経済

アダム・スミスにはじまった資本主義の歴史は,その不安定な仕組みをコントロールしようとする国の政策と,失敗に対する処方箋をつくることの繰り返しとして描かれる。

●資本主義のベースをつくった:アダム・スミス「富国論」

産業革命直後,重商主義の処方箋として「国を富ませる」仕組みを提案したのがアダム・スミス「富国論(1776年)」だ。資本主義経済の出発点であり,以降の政策・思想のベースとなる。

「富国論」の与えた影響:
1)自由競争による資源の再配分を基本とする

 国が手をださず,自由に競争すれば結果的に資源が最適に配分される
2)「見えざる手」
 市場=マーケットで個々人が利益をもとめて利己的に行動しても,見えざる手によって導かれて結果として経済がうまくまわっていく(需要と供給が交わったところで決まる)
3)分業によって生産性を高められる
4)国は最低限の公共施策をおこなえばいい

 国防,公共施設の整備(道路,災害対策など),司法行政

例1:適正な賃金の決定
企業が利益を上げるためには賃金を徹底的に下げたいが,労働者はより高い賃金の会社を選ぶので需要と供給の折りあうところで賃金が決定される。

例2:産業擁護は競争力を失うだけ
農作物輸入への高い関税,輸出をおこなう企業への補助金は競争力を失わせる。

「無限」空間を前提とした近代経済がはじまる。これを全面的に信用して運用すると,企業の独占や,大小のバブルが弾けてひどい目にあうのだが,その反省の歴史が経済学と政策の歴史となる。が,おおむね「富国論」という理想をベースに,国によるコントロール比重の調整を繰り返して現代にいたる。各国でおなじ施策におちつくかというと,長い年月をかけてなお比重のかけかたもさまざまだ。

●資本主義の課題と社会主義国の台頭:マルクス「資本論」

「富国論」の出版から91年後,工業先進国(イギリス,ドイツ,アメリカ)が資本主義でしのぎを削り,大量生産による供給過剰で10年単位で恐慌が発生し,そのたびに失業者が街にあふれ安い賃金で長時間勤務を強要する超ブラック企業が生き残るというスパイラルにおちいる。行き過ぎた資本主義の未来を指摘したのが,マルクス「資本論(1867年)」だ

「資本論」の示した「資本主義」の未来:
前提:経済の仕組み

・沢山の労働者が並行して分業すると効率がよく,競争をうみ,生産効率が良くなる
・お金の価値が下がると商品価値があがる➡インフレとデフレの発生
1)企業の激しい競争により格差が拡大する
・効率化をもとめて大規模化し,企業の数が減って市場を独占する
・生産性を上げるために機械化し,失業者が増える
・そしてワーキングプアが増える
・社会によって強制されない限り,労働者の健康と寿命に配慮しない
・低賃金となり,少数精鋭だけが働き労働時間が増える
・格差社会をうむ
2)資本主義は崩壊し,民主主義を獲得する
・独占と労働条件の悪化により労働者革命がおこり,資本家の財産が剥奪される。

この後,マルクスに影響を受けたロシア革命(1917年)により資本家をうちたおしてソビエト連邦共和国が,それに続き東欧諸国,中華人民共和国(1949年)が社会主義国となる。資本主義が成熟した後の革命でなかったため,後の社会主義崩壊につながったとも考えられている。

資本主義各国は社会主義国が次々にできたことに危機感をもち,自国の労働者が革命をおこすのを恐れて,労働者の待遇を見直す政策をとるようになる。労働者の権利を守る法律の仕組みをつくり,規制を整備して,恐慌がおきないように失業者を減らすための工夫をする。

●経済不況を救う「処方箋」:ケインズ「一般理論」

1929年,資本主義各国が企業の自由競争にまかせた結果,アメリカで株の大暴落がおこり金融機関がつぎつぎに倒産する世界恐慌が発生する。金融機関相互のお金の流れが止まり,世界中が失業者であふれる。各国は高い関税で輸入を差し止めて自国を守ろうとして世界の経済が止まり,やがて第二次世界大戦(1939-1945年)につながっていく。

不況・恐慌への「処方箋」として書かれたのがケインズの「雇用,利子および貨幣の一般理論(1867年)」だ。その提案は,(今では当たり前となっているが)当時の常識をくつがえす衝撃を与える。

「一般理論」の処方箋(ケインズ・ショック): 
前提:働きたくても働けない失業者がいる
1)国が公共事業を投資して雇用をうみ出す

・道路整備などの公共事業で,雇用がうまれるようなしくみをつくることで経済が循環するようになる
・政府に資金がなければ赤字国債を発行してでも公共事業投資を優先し,景気が良くなったときに税金で赤字を返却すればいい
・消費したいという欲求が高まれば,公共事業投資した数倍の経済効果がうまれる
2)累進課税
・貯蓄を減らすように,お金持ちからより多くの税金をとる
3)金利を下げる
・金利を下げて企業の新たな投資を増やすと,企業が新たな事業をはじめるので雇用が増える
4)「流動性の罠」の指摘
・金利をどんどん下げてほとんどゼロという状態にしても,企業の投資がのびず景気が回復しない状態となる可能性がある
➡投資が低下すると過剰貯蓄となり経済が衰退する
➡グローバル社会では国内に投資をせず海外投資にお金が流出する

これ以降,「大きな政府」と呼ばれる景気刺激策がとられるようになる。景気が悪くなると景気対策として政府が赤字国債を発行し,公共事業などで支出を増やして経済を活性化させ,金利を下げて企業の投資を活性化させる。そして累進課税と社会福祉で低所得の人たちにお金を回し,消費を活性化する。この逆の「国は景気が悪くなっても市場にまかせる」という政策は「小さな政府」と呼ばれる。

ちなみに,アメリカの政党政策は次のように分かれる。

アメリカの政党政策:
・共和党: 小さな政府より(レーガン,ブッシュなど)
・民主党: 大きな政府より(クリントン,オバマなど)

1929年当時のアメリカは共和党政権で景気対策に積極的ではなかったが,民主党のルーズベルト大統領に代わると大規模な公共事業を展開する(ニューディール政策,1933年~)。以降20世紀初頭の交通ネットワーク,電力網,通信ネットワークなどのインフラ整備が雇用と需要と供給をうみ,グローバル経済における競争力をつけて工業先進国を高度成長時代の波へとのせる。

ケインズの処方箋にも課題があり,それが歪みとなって蓄積されていく。

ケインズ理論の副作用:
1)インフレ傾向になる
2)財政赤字が増え続ける

 政治家は人気を維持したいため「打ち出の小槌」を手放せず財政支出を止められなくなる
3)公共投資の効果がなくなる
 建設会社が増えすぎて定常状態となり公共事業に支出しても効果がなくなってくる

●スタグフレーションと新自由主義:フリードマン「資本主義と自由」

1970年代,変動相場制(1973年),第一次オイルショック(1973年),そして各企業がオフショアを模索しはじめて資本主義が徐々に変わろうとしているとき。スタグフレーション(景気が後退しているのに物価が上昇)に苦しむアメリカの処方箋となったのがフリードマン「資本主義と自由(1962年)」だ。福祉を充実する一方で国力を衰退させたイギリスなどを背景に,ケインズは間違っているという考え=新自由主義が広まる。

新自由主義の処方箋:
1)政府は国民の自由を尊重しよう
2)マネタリズム

 世界を流れるお金の量さえコントロールしていれば経済はうまくいく
3)政府がやるべきことは国防と司法行政だけ
 それでもやるべきことがあれば,地方自治体にまかせたほうがいい
4)こんなものいらない
・累進課税,今の社会保障制度,公的年金,輸出入制限,最低賃金
・民間の郵政事業禁止,公営道路
・各種規制(銀行,産業,通信・放送)など

すべてを実施すると,マルクスの時代にもどってしまいそうないきおいだ。それでも経済の閉塞状態を打開しようする資本主義国にとって,新自由主義の影響は大きい。サッチャー(1879年~)・レーガン(1981年~)革命,日本では中曽根内閣のNTT/JT(1985年),JR(1987年)民営化,橋本内閣の金融制度改革(1996年~),小泉内閣の郵政民営化(2007年)や派遣労働の自由化(2003年)など政治に大きな変革をもたらす。

●リーマンショックと派遣切り

2008年,アメリカの住宅バブルの崩壊とともにおきたサブプライム住宅ローン破綻にはじまり,派生商品の不安が金融機関相互のお金の流れを止めて投資会社のリーマン・ブラザースが経営破綻し,「小さな政府」をかかげる共和党政権がそれを救済しなかったためさらに金融不安が広がり世界を大混乱に陥れたリーマンショックが発生する

日本では,アメリカに製品を売れなくなった製造業が大規模な派遣切りをおこない,小泉政権の派遣自由化により大量に雇用された派遣労働者が大量の失業者となる。

1970年代以降に構築され続けた,非現実的な仮定のもとで演算する経済学が破綻した瞬間だ。そして恐慌に対処できるケインズが再び見直される

アダム・スミスからはじまった資本主義が大恐慌の教訓からケインズの「大きな政府」をうみ,ゆきすぎた安定が新自由主義による「小さな政府」の大改革を,行き過ぎた改革が再び恐慌を発生させてケインズが見直される。寄せては返す波のように経済と政治がゆれ動く。

●資本主義の終焉へ

そして現代。インターネットとともにグローバル経済が広がり低所得国に製造拠点を分業し,Google,Amazonなどの国際IT産業が巨大化して国を単位として経済・政策を考えることが難しい時代となる。製造部門を引き受ける中国やインドが台頭し,先進諸国の製造部門が空洞化して貧富の格差が広がり,資本主義の終焉が叫ばれマルクスが再び見直される。

資本主義の未来への課題:
1)無限に経済を成長し続ける前提が崩れてきている
2)企業の大規模・独占により広がる格差
4)エネルギー消費を拡大し続ける ➡地球環境破壊
5)「お金」が「お金」をうむ金融マネーに極端に偏重
6)グローバル化とフラット化により先進諸国の収入が減衰
7)金利ゼロでも投資・消費せずに,貯蓄を増やし続ける企業・個人
➡ケインズの「流動性の罠」にはまった日本
8)株主偏重により短期の利益をもとめ,基礎研究部門投資が激減
9)出生率の低下

21世紀の今,グローバル市場でのマネーの奪い合いが限界となる【巨大な壁】を前にして,短期の利益をもとめ,実物投資空間を縮小して電子・金融空間に広がり,フラット化,格差拡大,貴族の代わりにマネーをためこむ企業と巨大資本にあえぐ資本主義社会。【巨大な壁】の内側で,インターネットとスマホが情報暴走を引きおこし,さまざまなメタネットワークサービスをプラットフォームとして展開した先に本格的な「情報革命」がおころうとしている


【参考書籍】
[1] フェルナン・ブローデル(2009), "歴史入門" , 金塚貞文訳, 中央文庫
[2] フェルナン・ブローデル(1985), "交換のはたらき :物質文明・経済・資本主義15-18世紀", 村上光彦訳, みすず書房
[3] フェルナン・ブローデル(1995), "世界時間 :物質文明・経済・資本主義15-18世", 村上光彦訳, みすず書房
[4] R.C.アレン(2017), "世界史のなかの産業革命 :資源・人的資本・グローバル経済",眞嶋史叙, 中野忠, 安元稔, 湯沢威訳 , 名古屋大学出版
[5] グレゴリー・クラーク(2009), "10万年の世界経済史", 久保恵美子訳, 日経BP
[6] 宮崎正勝(1019), "ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史", 原書房
[7] 松岡正剛(2001), "知の編集工学", 朝日文庫
[8] リチャード・ボールドウィン(2018), "世界経済 大いなる収斂 :ITがもたらす新次元のグローバリゼーション", 遠藤直美訳, 日本経済新聞出版社
[9] 宮崎正勝(2002), "モノの世界史 :刻み込まれた人類の歩み", 原書房
[10] デヴィッド・クリスチャン, シンシア・ストークス, ブラウン,クレイグ・ベンジャミン(2016), "ビッグヒストリー :われわれはどこから来て,どこへ行くのか", 長沼毅日本語版監修, 石井克弥,竹田純子, 中川泉訳, 明石書店
[11] 松岡正剛監修, 編集工学研究所(1996), "増補 情報の歴史", NTT出版
[12] 池上彰(2013), "やさしい経済学1 :しくみがわかる", 日本経済新聞出版社
[13] 池上彰(2013), "やさしい経済学2 :ニュースがわかる", 日本経済新聞出版社
[14] 池上彰(2014), "世界を変えた10冊の本", 文藝春秋
[15] 池上彰(2017), "池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」", 集英社
[16] J・M・ケインズ原著(1867), 山形浩生要約・翻訳(2015), "要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論", ポット出版
[17] 水野和夫(2022), “次なる100年 :歴史の危機から学ぶこと”, 東洋経済新報社

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集団の巨大化とネットワークの共進化

<ポイント>ヒトは,さまざまな文化とコミュニケーションの相互作用を複雑化させながら集団の規模を拡大し続ける性質をもち,それゆえ生じる必要と必然からサイクルを回し続ける。「定住化の罠」にとらわれた農民たちが礎となり「貧者の農耕サイクル」を繰り返して土地と人口を拡大する。集落を守るための「軍事力」,集団内をまとめ運営するための統率者と官僚組織,職人などの生産しない専門職を農業プラットフォームの上にのせ,法や税と宗教を整備し,技術を発展させ,交通ネットワークと情報貨幣ネットワークにより「情報」と「モノ」を循環させる集団が力を得て,周囲を飲み込んで規模拡大のサイクルを回してゆく。
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1.1万年前になぜ農耕民が誕生したのか

小規模な狩猟採集民が農耕生活に移行し人口を巨大化していったのは,気候変動などにより定住生活に誘われそこからぬけだせなくなった「定住化の罠」にはまったためだった。

●気候変動と農耕コミュニティの形成【豊かな狩猟採集民】

1万5000年前までのヒトは,10~20人程度の小集団で獲物を追って移動する狩猟採集により生活していた。

最終氷期の1万4000年前頃,気候が湿潤になるにつれて,森や海・河川・湖が近く天然の動植物が豊富な地域に定住し,周囲の獲物と植物を採集するだけで十分な食料が手に入るゆたかで安定した定住型の狩猟採集生活を選択する集落が発生する

定住狩猟採集生活のメリット: 
・老人が置いていかれることがない 
・安全に出産できる 
・大きく専門的な道具を利用できる 
・食料を貯蔵できる

定住により食料を安定して確保でき,より多くの子供を養い,老人と子供の死亡率が減ることにより急激に人口が増えていく。おなじころナイル川流域や中東各地で栄養が豊富で大量に収穫できる野生の穀類=小麦が自生するようになり,定住生活との相乗効果によりさらに人口を増やす。やがて乾燥化により砂漠が広がり,麦の自生地を目指してますます狩猟採集民が集まるようになる。

●定住化の罠

1万3000年前ヴュルム氷期が終った直後に,北半球の氷床の溶解などにより亜氷期が発生する。人口過剰と天然資源の減少による食糧難という問題に直面した定住型の狩猟採集民は,すでに移動による狩猟採集のノウハウを失っていた。そして,穀物などの効率の良い植物の収穫量を増やす工夫に成功した集団=農耕民だけが生き残る

農耕民たちは栽培に有利な穀物や豆類を選別して収穫を増やし,それにともなって農耕民の人口を増し,栽培可能な地域を拡大していく。

1万1500年前,再び温暖化に転じると収穫量が増加して,人口増加に拍車がかかる。以降,農耕民はぬけだせない「貧者の農耕サイクル」を何千年ものあいだ繰り返すこととなる。

貧者の農耕サイクル: ①~④の繰り返し
①技術の改良による人口増加 
②人口過密にともなうギリギリの食生活 
③土地の荒廃による飢饉や病による人口減少 
④足りない労働力を増やすための人口増加

●「肥沃な三日月地帯」の形成と集落の巨大化

紀元前1万年前,後にメソポタミア文明のプラットフォームとなる「肥沃な三日月地帯」を形成する。

利便性の高い場所にヒトが集まり人口密度が高くなると,周囲との争いが頻発するようになる。そして周囲の狩猟採集民を追い出し,武装した盗賊から集落を守るための「軍事力」が必要となる。

大きな集団ほどより大きな「軍事力」を養うことができることから,しだいに集団の規模が大きくなっていく。集団の規模が大きくなると,集団内のもめごとをまとめ運営するための統率者と官僚組織=政治エリートが発生する。
やがて統率者と官僚組織が支配する仕組みを構築し,生産した食料を管理し,税金を課し,軍隊を動かすようになる。集団が都市となり巨大化するにつれて,それをささえる生産プラットフォームの治水・灌漑などの技術発展をうながし,それがさらなる集団の巨大化をすすめる。

農耕生産プラットフォームの上に自身では生産しない専門職をのせた集団が,周囲をとりこむ巨大化のサイクルを回してゆく

2.集落間の生存競争と専門分業ネットワーク


ヒトはコミュニケーションによりつながり,分業して助け合い仕事を効率化するコミュニティ=分業ネットワークの形成を生存戦略とする。


仕事が複雑化するにつれて分業がすすみ,コミュニケーションの技術と文化を編みだし,周囲の統合と専門分業のリズムをきざみながら巨大化してゆく。

●家族社会の形成 :440万年前~

無毛の顔と白目により表情をゆたかにして感情と情愛を交換するコミュニケーションにより,育児と採集を分業して助けあう家族を形成する。

●草原への進出と集団防衛 :370万年前~

やがて草原に進出したヒトは,複数の家族が集まって10人~数十人の集団で行動することにより,肉食獣などの危険から身を守り,生存をおびやかす出来事や攻撃に対応する。危険を知らせ協調して動くための発声が,連携して集団を守るために使われる。

●狩猟採集生活と部落 :180万年前~

狩猟採集生活が発達すると,長距離を走って獲物を追い詰めるための役割分担,木の実や根を集め,子を育て,食料を加工するなどの分業が組織化されて25~60人程度の血縁の集落をつくるようになる。

調停をおこなう長,火の保持,老人による知の口伝など男女の性別による水平分業と世代ごとの垂直分業によって構造化した集団は,ヒトの多様性を生かす互助的な組織をつくる。集団の規模が大きくなるにつれてより複雑な情報を交換するようになり,徐々に原始的な言葉と宗教が構築されていく

●農耕生活と集落間の生存競争 :1万年前~

農耕生活によって土地と人口密度を広げ食料を保存・貯蔵するようになると,略奪者や利害・思想の異なる近隣の集落との争いが頻発するようになる。相互不信が不安をうみ,安定をもとめる意識が約束事(法)を守らせる権力への従属をうむ。

●専門分業が集落を巨大化する

集落どうしの争い=集落を単位とする競争となり,より巨大で強力なものが他を飲み込み,パワーの均衡がとれるまで争いが続く。組織内の運用,外に向けた軍事力をより整えた集落が生存競争で生き残る

巨大集落を継続して運用するための条件:
・法と政治による組織運営 
・宗教による意識の統一,侵略戦争の大義名分の共有 
・効率的な分業 
・戦闘能力の強化・維持 
・食料生産プラットフォーム
 ➡非食料生産者を養う大多数の食料生産者と税の仕組み

大きな集落は周囲に征服戦争をしかけることによりさらに巨大化し,小規模な集落はより大きな集落にのみ込まれていく。

集団の規模が大きくなるにつれて,法を守らせるための首長,文字により組織を運用する書記などの官僚,征服戦争に宗教的な正当性を与える僧侶,征服・防衛をになう軍人,武器・防具などの製造技術を開発する加工職人などの食料生産に従事しない新たな職業に専門分業していく

貯蔵・蓄積された食料を非生産者たちに再分配する税収の仕組みをつくり,それを管理・支配するものに権力を与える。組織を管理する権力は軍事力をあやつりさらに権力を増す。

税収の予測や計算,予算の計画や執行のための「計数する言葉」,神を代弁する「神の言葉」,軍人に対する指令などの「戦の言葉」を記録・保存する「文字」が誕生する。職業の専門分業は新たな「語彙」とコミュニケーション手段と文化をつくり,複雑化する「言葉」の交換がさらなる職業の細分化を促進する

部族社会は,他の部族社会を征服・併合して首長社会となり,やがて国家,帝国へと巨大化してゆく。

3.古代都市を循環させる情報貨幣ネットワーク

集落から古代都市へと人口を広げたとき,人々の分業をつないだのは言葉や文字によるコミュニケーション,そして新たな収穫の分配の仕組みだった。

●集落の拡大と食糧の分配

ヒトが狩猟採集を家族から集落で協力しておこなうようになったとき,家族のために持ち帰る獲物は集落の共有するものとなる。やがて農耕生活により集落の規模が大きくなり分業が広がるようになると,首長が調停者となり作物を集め再配分する習慣,争いを避け友好を深めるための部族間での贈り物を授受する習慣がうまれる。

●都市国家をささえる情報貨幣ネットワーク

貨幣(金属,穀物,家畜,貝など)の用途は4つで説明されるが,時代や地域によりその比重は変化する。

貨幣の用途:
1)支払い
 債務の決済,税の支払い
2)保存・蓄積
 支払いの遅延,財力を示威,予備
3)尺度基準
 財・モノの数値化,共通に利用できる量的基準
4)交換
 モノと交換できることを保証

●古代エジプトの金

紀元前3000年,古代エジプトは世界の金産出の中心だったが「金は太陽神の肉体・生命のシンボル」であり,不滅の神々の象徴だった。王宮,神殿,神像,神の化身であるファラオの装身具,衣装,王座が金でおおわれ,金の蓄積が権威の象徴となる。やがてリング型の金がアジアとの交易に使われるようになるが,金貨として流通することはない

●古代都市の交易

紀元前3300年,ウルク都市国家群が陸路・海路を使ってインダスとの交易をはじめる。古代都市間の交易は商業的な利益をもとめるものではなく政治的な贈り物の物々交換であり,王により俸給で雇われた商人(後にタムカルムと呼ばれる身分型の交易者)が商取引を担当する

銅・銀・穀物が物々交換を仲介する尺度基準として利用され,特に価値が変化しにくい銀が遠隔交易で重宝される。宝石・装飾品のほかに木,石,金属(銅,錫,鉄)を受けとり,毛織物・油をおくる。

●古代都市の貨幣管理

ウルク都市国家群の各都市では王と神殿が銀を貯蔵し,貸借関係の記録を管理し,銀の重量基準により商品の価値,罰金,利子率,賃金を公示する。周辺地域から輸入した銀は都市内に流通することはなく,税金・関税・貢納・罰金・利子の支払いにあてられ,王・貴族・神殿によって消費・貯蔵される

●古代都市と市民生活

古代都市では首長・官僚・神殿が都市周辺の農民や都市内の職人から農業生産物・手工業製品を税・貢ぎ物として集め,職人や農民にその階級や働きに応じて生活必需品を再配分する。市民のための市,貨幣は存在しない

●自給自足する農耕民

都市をささえる農耕民は,その誕生から産業革命までのあいだ自給自足であり,税の支払い,馬・牛を含む道具の購入,借用,罰金のために作物を貨幣に交換して支払う。

●最初の硬貨

紀元前650年ごろ,貨幣を最初につくったリュディアのギュゲス王は,銀の計量のわずらわしさをなくすため金銀の自然合金エレクトロン硬貨をつくり,その携帯の容易性と保存性から兵士への支払いのために使う。兵士は硬貨を自身の生活のために使い,結果,硬貨は交換のためにも使われはじめる。

古代都市における貨幣は,遠隔交易における尺度基準,権力者の示威,税や兵への支払い代替するための道具,各地域の異なる政治・文明・文化とモノの価値基準の翻訳手段,言葉,文字などと同様のシンボル=情報であり,情報貨幣ネットワークの上に古代都市国内の分業,都市・国家間の分業を循環する血液であった

やがて,硬貨の発明が労働を価値に置換して蓄積し,時空間に広がる情報貨幣ネットワークの上で利益をうむ手段となるとき,市場,両替商の信用,硬貨の発行,貨幣の商品化による錬金術を次々と編み出すこととなる。

4.交通ネットワークとともに発展する都市

ヒトはモノと情報(知恵)を交換することにより分業する社会を形成する。ヒト,モノ,情報(知恵)の距離を短縮するインフラの発展とともに,社会構造は複雑化し,より高度な交換ネットワークを構築する。

●都市を循環させる「道」,情報通信のための「道」

農耕をきっかけとして,都市を中心としてヒト・モノ・情報(知恵)が交流する社会が構築される

官僚,軍人,職人そして彼らの食料が都市に集まる。都市内部の通路が市民の生活を循環させ,都市周辺地域からは農作物,木材,鉱物や税を徴収するための「道」が都市に向けてのびる。より遠くからより早く運搬するために家畜を使い車輪を開発し,「道路網の拡張と輸送技術の改良」というサイクルを繰り返して都市が巨大化していく

都市は近隣の都市から襲われる驚異に備えるための軍隊を保持し,戦争により周囲の都市を併合する必要にせまられる。生き残りをかけた都市は,道路網により物資を集めるだけでなく,すばやく情報をえるための「道」をつくる

紀元前6世紀ペルシア帝国は,王の命令と周囲からの報告を伝える通信ネットワークとして幹線道路「王の道」を整備した。土木工事により道を整え,馬を駅伝制によりすばやく移動させる最新の通信ネットワークだ。整備した「道」は都市周辺のヒト・モノの輸送も活性化する。そして,「道」を整え,ヒト・モノ・情報(知恵)の輸送技術を発展させた都市が周囲の都市を圧倒する

ユーラシア大陸の河川沿いに分散していた古代の農耕都市は,やがて4つの巨大帝国(ローマ,パルティア,クシャーナ,漢)に統合される。帝国内ではさらに道路網の整備がすすめられ,情報(知恵)を集めて治金や輸送の技術を開発し,統治の潤滑剤となる貨幣制度を広め,王と官僚のためにモノの流通を活発化していく。

●王が財宝を輸入するための交易路:シルクロード

中国,中東,ヨーロッパの巨大都市のあいだには,4000kmをこえる広大な草原地帯に遊牧民の騎馬国家が広がり,遠距離交易を妨げていた。

転換点となったのは,漢王朝の武帝(紀元前141年~紀元前87年)が派遣した調査部隊からの報告だった。ヨーロッパに向けて絹や鉄などを返礼品として輸出するだけで,貴重な金やガラス細工,美術品などの財宝が手にはいるというのだ。武帝は,財宝を手にいれるために,漢王朝とヨーロッパのあいだにある36の遊牧民都市国家と属国関係を結び,ラクダによるオアシスの移動経路=シルクロードをつなげる。途中経路のインドやアラビアで入手できる香辛料をヨーロッパに返礼品としておくり,遊牧民の所有する馬を漢王朝におくる。

4000km以上の距離を数年がかりで移動する交易は危険をともない,生活のための交易は割にあわず,王や大富豪,官僚たちが力を得るための宝物や贅沢品,原材料を手にいれるために交易が行われる。帝国をつなぐシルクロードによる疎なコミュニケーションは,徐々に文化,技術,宗教,そして病を伝搬していく。

やがて「オアシスの道」は草原と海に広がり,アフリカ大陸,ヨーロッパ,アジアを結ぶ複数のルートに広がっていく。

西暦100年ごろの陸海の交易ルート:
1)オアシスの道: シルクロード,乾燥地帯に連なるオアシス都市を結ぶルート
2)草原の道: モンゴル高原から西へカザフ草原,アラル海,カスピ海を通って黒海へ達するルート
3)海の道: 紅海・アラビア海ルート,地中海・インド洋ルート

●王権のためのグローバル交易とローカル・ネットワークに集約される国内産業

1300年以降,東ヨーロッパから中東にひろがるオスマン帝国によりインド洋航路を閉ざされ,中規模の国家が激しい闘いを繰り返していたヨーロッパ諸国は大西洋へと目を向ける。

1482年,ポルトガルは西アフリカ海岸に要塞をきずき,マリ帝国(西アフリカ)との交易を掌握,金,象牙,胡椒,奴隷と織物,武器を交換,砂糖のプランテーションを展開して突出した力をつける。1490年に探検家コロンブスがアメリカ大陸を発見,1498年にヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達,1522年にマゼラン隊が世界周航を達成したことをきっかけとしてヨーロッパは世界初のグローバルな交易ネットワークを構築する

産業革命までのグローバル交易は,王権を維持し軍隊と土地を広げるために行われる。重商主義など,力のある国が輸出を輸入よりも多くするために高い関税により輸入制限をかけ,武力により不均衡貿易を強要するなど極端な貿易黒字を目指していた

この時期のグローバル交易は未熟だが,後のグローバリゼーションをささえる経済的な土台を構築する。

経済的な土台の構築:
・帆船による遠洋交易,航海術,砂糖と奴隷の三角貿易
・イスラムの商習慣,数学,地図作成
・製鉄と鋼の生産技術,活版印刷,農業技術
・火薬などの中国の先進的なイノベーション
・銀行,金融,市場

1700年にいたっても,海上の輸送は風力,陸の輸送は牛や馬を利用し搬送に多くの時間がかかることから,生産と市場は強く消費と結びつけられ都市とその周辺から形成されるローカル・ネットワークにヒト・モノ・情報(知恵)が集約されていた

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【参考書籍】
[1] デヴィッド・クリスチャン, シンシア・ストークス・ブラウン, クレイグ・ベンジャミン(2016), "ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか :宇宙開闢から138億年の「人間」史", 長沼 毅監, 石井克弥, 竹田純子, 中川泉訳, 明石書店
[2] デヴィッド・クリスチャン監(2017), "ビッグヒストリー大図鑑 :宇宙と人類 138億年の物語", 秋山淑子, 竹田純子, 中川泉, 森富美子訳, 河出書房新社
[3] 松岡正剛(1996), "増補 情報の歴史", NTT出版
[4] ジャレド・ダイアモンド(2000), "銃・病原菌・鉄",倉骨彰訳 , 草思社
[5]青柳正規(2009), "人類文明の黎明と暮れ方", 講談社
[6]トーマス・ホッブズ(1970), "リヴァイアサン", 水田洋訳, 岩波文庫
[7] 湯浅赳男(1988), "文明の「血液」 :貨幣から見た世界史", 新評論
[8] ジョナサン・ウイリアムズ(1998), "図説 お金の歴史全書", 桂川潤訳, 東洋書林
[9] 吉沢英成(1994), "貨幣と象徴 :経済社会の原型を求めて", 筑摩書房[10] フェルナン・ブローデル(1985), "交換のはたらき --物質文明・経済・資本主義15-18世紀", 村上光彦訳, みすず書房
[11] リチャード・ボールドウィン(2018), "世界経済 大いなる収斂 :ITがもたらす新次元のグローバリゼーション", 遠藤直美訳, 日本経済新聞出版社[12] 宮崎正勝(2002), "モノの世界史 --刻み込まれた人類の歩み", 原書房

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佐藤基

Author:佐藤基
『フューチャー・リテラシー -- 過去・現在・未来、複雑系の未来を読み解く』
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