ミラーワールドをけん引するメディア:スマートグラス
本節では、次節で「未来を読み解く」ためのベースとして、各企業などで計画されている未来について紹介する。
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未来の変化は、電話、ラジオ、TV、コンピュータ、インターネット、iPhoneがそうであったように、時代を変えるインパクトを持ったメディアとヒトとの共進化が引き金となる。当初は、ごくわずかな利用者しか注目せず、周囲のほとんどの人たちにはなぜそれを欲しがるのか理解できない。ところが一旦普及すると、手足と同じように手放せない存在となる。
そして、
「未来を変えるヒントは必ず今ここにある」
バーチャル世界と実世界を繋げるメディアとして、「今ここにある」のメディアはAR・VR機能を備えたメガネ、スマートグラス(AR/VRメガネ)だ。スマートグラスを、iPhoneのように常備するようになったとき、時代が大きく動き出す。
Googleが買収を決めたNorth社のFocals
●携帯メディアの振り返り
我々は、すでに忘れてしまっているが、iPhoneの発売から数年間は一部のマニアのデバイスであり、大多数がスマホを使いたいとは考えていなかった。iPhoneにつながる携帯メディアの略歴をふりかえってみよう。
・情報端末を持って歩きたい: ノートPC (東芝DynaBook, 1989年)
・いつでもどこでもコミュニケーション: 携帯電話(DoCoMo設立, 1991年)
・手帳代わりのメモや手帳: 電子手帳(ZAURUS, 1994年)
1986年には7.7kgほどのMac Plusを専用リュックに入れて移動していた。仕事でノートPCを使うようになったのは、1997年ごろからだ。
携帯電話は、無線通話だけでなくi-modeによる情報検索(1999年)、写メ(2002年)、GPS(2007年に搭載義務化)を合わせた統合携帯マシンとなった。方向音痴の筆者にとって、GPSはまさに手放せない存在だとなった。
電子手帳の歴史は古いが、手帳として欲しいと思ったのはappleのnewton(1993年)からであり、初めて手にしたのはZAURUS(1994年)からだった。
携帯音楽はウォークマン(1979年)がルーツであり、iPod(2001年)、iPod touchとiPhone(2007年)へと至る。iPodの成功がなければiPhoneが生まれることはなかったかもしれない。
さらに、最近気軽に使われているTV電話(ビデオ通話)は、「2001年宇宙の旅(1958年)」で強烈な印象を残し、1970年の万国博覧会で多くの人たちが体験したが、電話会社が何度もトライするも普及のきざしはいっさいなかったのだ。
○iPhoneを使うきっかけ
筆者と妻を例に、iPhoneを使うきっかけを例示してみよう。
■筆者(2009年、iPhoneが日本に上陸した翌年)
電話、メールやGPS地図は携帯で十分だったし、重くなる、お財布携帯が使えないというデメリットがあったが、何よりWebを今ここで利用できること、電子手帳として使え、沢山あるCDをいっきに整理できる総合端末を持ち歩けるというのが魅力だった。
■妻(2014年)
このころからスマホが一般層に広がり、従来の携帯を淘汰し始める。妻の初期のモチベーションは、なんといっても娘とLineができること。2020年からApple Watchも使いこなしている。
新しいメディアを使うきっかけは様々だが、そこから思わぬ世界に牽引していく。スマホの普及は、人々の生活を一変させたのだ。
●スマートグラス(AR・VRグラス)の
ブレークスルーを考える
2013年にGoogleグラスが開発者用に発売されてから、消費者向けの発売は未定のままだ。現在ARグラスが苦戦してい様子は、電子手帳のそれを想起させる。
障壁となっているのは、メガネをかけているだけで撮影できてしまうプライバシー問題だが、現在のスマホのように撮影時には音を出すなどいずれ突破できるだろう。大多数が必要だと思っていないというのは、たいした問題ではない。
マニアが使う初期段階では、Apple Watchの需要を取り込み、スマホと連携できるタイプをAppleやGoogleが発売する時がきっかけとなる。重量は、今のメガネと変わらず、必要な時にメガネにオーバーレイして表示する。
スマートグラスの初期スペック:
・AR/VR表示
・ジョギング中の健康情報AR表示などApple Watchの拡張機能を搭載し、音楽を聴くことができる
・現在位置を地図ARで確認、方角を矢印で表示する
・全国の建物や観光地のAR情報と、ポケGOのようなゲーム、室内の家電やスマートスピーカとの連動をキラーアプリとして標準搭載する
すでにスマートリングが発売されているので、軽量化に課題はない。
スマートリング機能:
・スマホの着信通知の取得
・通話、音声アシスタント
・スマホの操作
・健康管理機能(心拍数、体温、睡眠段階、呼吸数など)
・キャッシュレス決済
・鍵の開閉
さらに大きなブレークスルーとなるのは、近視・乱視・遠視、ブルーライトカット、サングラスといったメガネ機能をソフトウェアで自由に変更・調節できるうようになる時だ。網膜照射レーザー(QDレーザー社など)にも期待したい。
●今考えられているバーチャル世界
バーチャル応用サービスは、電脳コイル、マイノリティ・リポート、アイアンマン、レディ・プレイヤー1のようなSF世界を目指す。専門分野では、AR/VRゴーグルが先行して利用される。
ARグラス電脳コイル(Netflixより)
屋内でのAR/VRゲーム、eスポーツが牽引して次々と応用範囲が広がっていく。
・屋外:
- 建物、バス停、景色に重ねてAR情報と広告を表示
- ジョギング中にコース、心拍数や代謝、歩数や距離を確認
・医療:
- バーチャル空間上での創薬、スクリーニング
- 手術中にホログラムなどサポート情報を表示
・研究、教育:
- バーチャル実験、シミュレーション
- 病院、家からの遠隔通学
・ディスプレイ:
バーチャル空間上でTV、映画、PCディスプレイ、書籍を表示
・体験、冒険:
- 旅行、家具配置、ファッション・化粧品の試用
- 宇宙空間、深海、秘境を探検
・生体機能拡張:
- 顕微鏡、望遠鏡、超高速、超低速、俯瞰
・技術者育成:
- 習熟者による新人教育
・遠隔オフィス:
- 3次元TV会議、多地点オフィス連結
●クリティカルマスを突破すると、
別次元の使い方が創造される
従来なかったメディアの登場は、人とメディアの共進化により、人々の生活を考えてもいなかった方向に牽引し、世界中の時空間距離をいっきに圧縮、ゼロ距離社会を誕生させる。スマートグラスは、ヒトの空間という概念を変えてしまうのだ。
例えば、皆が見ている映像をつなげ合わせて、リアルタイムの全方位3D空間をつくり、高速3Dストリートビューで実際に歩いているように海外を散歩できる。そのまま、店に入って現地価格で購入できる。今見ている景色の夜景や、紅葉を観るタイムシフトも可能となる。
全世界中のすれ違う人と、自動翻訳で会話もできる。そんな度胸がない人に向けて、Lineのようにショートメッセージでの会話。その場所で行ったパフォーマンスを、設置して、世界中で共有する動画メッセージなど新しいコミュニケーションが次々と誕生する。
スマートグラスの普及は、デジタルツインと実世界をつなげ、スマートグラスのバーチャル・ネットワークが新しい時代のインフラとなり、その上に新たなメタコミュニケーション・ネットワークを複合的に構築してゆくこととなる。ヒトが瞬時にそこに存在できる、ゼロ距離社会が誕生する。
参考書籍:
[1] ケヴィン・ケリー(2019), "Mirror World :デジタルツインへようこそ", 松島倫明訳, Wired, Vol.33
[2] 川口信明(2020), "2060 未来創造の白地図 :人類史上最高にエキサイティングな冒険が始まる", 技術評論社